厚生労働省の推計によると、2025年の認知症患者数はおよそ700万人。65歳以上のおよそ5人に1人にあたる計算だ。長く診ていた患者が認知症になったり、新患でも身体疾患に認知症を併発した患者が増えたりすることが想像される。そうした時、一般勤務医はどう対応したらいいか。専門家の意見をうかがった。
「統計的なデータはありませんが、来る超高齢社会において、一般勤務医が認知症の患者に接する機会が増えることは確実と言えるでしょう。そんななか、認知症治療の医療提供体制は、現状ではいくつもの課題を抱えています。
まず、地域格差。大都市であれば、医療資源は充実しています。しかし、それ以外の地域では決して十分ではありません。私が開業している茨城県水戸市では、認知症を診られる神経内科医が数人しかいません。地域によっては1人だけのところもあるはずです。
地域包括支援センターでは、地域の医療資源をどう活用するかなどを話し合う「地域ケア会議」を開催していますが、勤務医の参加は少ない場合が多い。日々の診療が多忙で、そこまで手が回らないのだと思います。厚生労働省は「病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修」を始めましたが、短時間の外来診療でどこまで踏み込んだ対応ができるか。現実的な対策を講じる必要があると感じます。
また、各病院の環境にも格差があります。積極的に治療している病院では、認知症サポートチームを置いています。精神科医や神経内科医、老年内科医といった認知症の医師が看護師などとチームを組み、他の医師をバックアップするのです。しかし、そうした専門医との院内連携がなされていない病院もあります。
一般勤務医が認知症を疑う患者を診た時の対応策としては、「認知症疾患医療センター」に紹介することも一つの選択肢ですが、同センターの多くは単科の精神科病院です。外科的な処置や、入院が必要なレベルの内科診療は難しいと言わざるを得ません。やはり、一人ひとりの医師が認知症への理解を深めることが必要だと言えるでしょう。」(本間 昭氏)
大項目 | 項目(パート) |
---|---|
認知症の特性 | ①認知症の特徴(中核症状と行動・心理症状の内容等) |
②認知症を疑うポイント | |
③アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の特性 | |
認知症の治療 | ④中核症状に対する薬物療法 |
⑤主要4剤の特徴(コリンエステラーゼ阻害薬・塩酸メマンチン) | |
⑥行動・心理症状(BPSD)に対する薬物療法 | |
認知症を病棟でみる | ⑦認知症のスクリーニング |
⑧認知症患者への対応技術 | |
⑨チーム対応(DST:Dementia Support Team)の仕組み | |
認知症を地域でみる | ⑩認知症患者を支える地域の仕組み(様々な機関) |
国立長寿医療研究センター(愛知県)では、2012年に「認知症に係わる人材育成に関する研究」を実施し、多職種共通の認知症教育プログラムを作成した。医師部門を担当した山岡朗子氏(神経内科医)は、研究の背景をこう語る。「認知症患者が急増し、精神科や神経内科などの専門医だけでは対応しきれなくなりつつあります。開業医向けには、06年から厚生労働省の『かかりつけ医認知症対応力向上研修』などが実施されていますが、その時点では一般勤務医への教育は抜け落ちていました。何らかの対策が必要だと考えました」
また、同センターの武田章敬氏の調査によると、今も一部の病院では認知症を理由とした入院拒否や身体抑制、薬物による鎮静などが行われているという。山岡氏は、「認知症への理解を深め、認知症の人も普通に治療を受けられる病院を増やすことは非常に重要」と語る。
このような背景のもと作成されたプログラムは、多忙な勤務医が必要な知識を得やすいように、スライド画面を使った60~70分の講義形式。200床規模の急性期病院2ヵ所で実際に実施し、どのような講義が有効かを検討した。2病院合計の参加者数は55人で、そのうち内科や外科、整形外科などの医師21人、看護師17 人、その他17人。72・5%が認知症患者を「ほぼ毎日」診る状況だった(グラフ参照)。
講義の内容は1. 認知症の特性、2. 認知症の治療、3. 認知症を病棟で診る、4. 認知症を地域でみる、の4本柱からなる。1.には、認知症の特徴や、認知症を疑うポイントなどに関する項目が並ぶ。2. は中核症状に対する薬物治療、主要4剤の特徴など。3. は認知症のスクリーニング、対応技術など。4. では地域包括支援センターの概要など。認知症についての基本的な考え方や知識が盛り込まれている(表参照)。
講義後にアンケートをとると、認知症への理解が深まったという回答が多かった。さらに1ヵ月後の再アンケートで今後の活用意識を尋ねると、特に「認知症を疑うポイント」については「活かせそう」「まあまあ活かせそう」との回答が100%だった。この項目では、外来の患者が予約を忘れる、同じ話を何回もする、検査結果の説明を覚えていない、不定愁訴が増えるなど、医師が着目すべきポイントを解説しており、実践に役立つと考えられたようだ。「本人は薬を飲んでいると言うのに血圧や糖尿病の状態が急に悪化した場合、実は服用しておらず背景に認知症が隠れていることがあります。そうした事態を防ぐためにも、認知症を疑うポイントを知ることは有効と言えるでしょう」
一方で、「中核症状への薬物投与」の項目については「活かせそう」「まあまあ活かせそう」が62・6%にとどまった。「主要4剤の特徴」についても54・2%と低い。「例えば整形外科など認知症を直接治療することの少ない科の医師は、認知症治療薬を継続して服薬している患者がいても、自分から処方を変えることはなかなかないようです」
また、アンケートには「認知症のサポートは医師の仕事ではなく、看護師など他の職種の仕事」「興味がないわけではないが、自分で調べるまでに至らなかった」といった医師のコメントも寄せられた。「医師の役割は自分の専門領域の治療」という基本スタンスが浮かび上がる。
山岡氏は「日々の診療が忙しく、認知症に手が回らないことはよくわかる」とした上で、一般勤務医が認知症を理解する意義について語る。「これからの認知症対応は“数との戦い”になるでしょう。患者数の増加に対して私たち専門医の数が間に合えばいいのですが、難しい可能性があります。当院は専門医が多い方ですが、すでに初診は数ヵ月待ちです。その間に認知症が悪化する可能性があります。また、実は認知症の影に脳腫瘍や慢性硬膜下血腫など急性期疾患が隠れていて、その治療が遅れてしまうこともあり得ます」
認知症対応の過度な専門医任せは、急性期医療の質にも関わりかねないのだ。山岡氏は、「薬物治療などは認知症の専門医が担うにしても、一般勤務医にもある程度のスクリーニングをしてもらえるといい」という。
スクリーニングといっても、外来で詳細なテストをするわけではない。「雑談のなかで『そういえばおいくつになりましたっけ?』『最近、気になるニュースはありましたか』などと尋ねるのです。『今日は新聞を読み忘れた』などと取り繕う様子が多い、などの状態が見うけられればアルツハイマー型認知症を疑って、専門医に紹介するとスムーズでしょう」
一般勤務医の認知症教育は、まだ過渡期だ。山岡氏は「教育を実施した病院に認定証を授与する仕組みなどがあれば、もっと広がるのでは」と言う。今後の展開に期待したい。
医師向けの認知症教育は、国も力を入れている。2013年に開始した「オレンジプラン」では、開業医向けに「認知症サポート医養成研修」などが実施された。勤務医向けには「病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修」があり、17年度末までに8万7000人の受講を目指す。15年にまとめられた「新オレンジプラン」では、「認知症初期集中支援チーム」を新設するなど拡張が図られている。
出典:厚生労働省資料より抜粋
認知症サポート医養成研修 | 認知症サポート医フォローアップ研修 | |
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研修対象者 | 実施主体の長が、都道府県・指定都市医師会と相談の上、下記のいずれかの条件を満たし適当と認めた医師 ア 地域において認知症の治療(早期発見等)に携わっている医師 イ 認知症サポート医の役割を担える医師 |
認知症サポート医及び地域においてかかりつけ医認知症対応力向上研修等の企画・立案等に協力している医師、その他地域において認知症医療体制構築に向けて取り組んでいる医師として実施主体の長が適当と認めた者 |
研修内容 | ア かかりつけ医等に対する認知症対応力向上研修の企画立案に必要な知識及び効果的な教育訓練 イ 地域における認知症の人を支えるために必要な介護分野の知識、地域医師会・地域包括支援センター等の関係機関との連携づくり並びに連携を推進するために必要な知識・技術などの修得に資するもの |
地域における医療と介護が一体となった認知症の人への支援体制の構築という認知症サポート医の役割を適切に果たすためのもの |
かかりつけ医認知症対応力向上研修 | 病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修 | |
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研修対象者 | 診療科名を問わず、各都道府県及び指定都市管内で勤務(開業含む)する医師 | 各都道府県及び指定都市管内の一般病院等で勤務する医師、看護師等の医療従事者(対象者のうち、医師、看護師のような、直接患者に接する機会が多い医療従事者について、優先的に研修を実施することを想定している。ただし、他の医療従事者の受講を妨げるものではないため、都道府県・指定都市においては、地域の実情に応じて研修を実施すること) |
研修内容 | かかりつけ医として必要で適切な認知症診療の知識・技術などの修得に資するもの | 病院勤務の医療従事者として必要な認知症ケアの原則等の知識の修得に資するもの |
※普及啓発推進事業を活用し、各研修事業の周知を行うとともに、各研修の修了者リストを作成し、管理する。
広島県尾道市は、地域医療で認知症を支えている先進例として知られる。2003年?06年にかけて取り組まれた同市医師会のDDプロジェクト(認知症早期診断プロジェクト)は、精神科などの専門医以外でも認知症を診断できるようにするものだった。発起人である片山壽氏(内科医・片山医院院長)は、こう振り返る。「当時の尾道市は、高齢化率が全国平均を上回り、早急に対策をとることを迫られていました。私たち開業医と、病院勤務医も認知症の対応法を学んで、地域の認知症医療の水準を高める必要があったのです」
DDプロジェクトでは、認知症の基礎知識を学ぶ研修会やシンポジウムなどを実施していた。06年にはCDT(Clock drawing Test)DBC シート( D e m e n t i a B a l a n c eCheck)を作成。シートには、患者のいらだち、怒りなどの陽性症状、食欲低下、発語低下などの陰性症状、そして体幹傾斜や小刻み歩行などの体幹バランスなどの項目が並ぶ。MMSEやHDS-Rより簡便で、専門医でなくとも認知症を発見でき、DBCシートは治療のヒントになる。「認知症は立派な全身疾患です。脳の萎縮などの画像所見だけでは判断できません。何よりも丁寧な問診が大切です。私は”接近戦”と言っているのですが、相手を知らずして認知症治療はできません。普段の生活の様子も含めてチェックすることが適切な治療につながります」
これから高齢化が進むと、専門医以外でも認知症の治療に関わる場面が出るかもしれない。そんな時のためにも、片山氏は「誤った診断の上の薬物療法は危険」と警鐘を鳴らす。「レビー小体病は、アルツハイマー型認知症よりも薬に過敏です。ところが、急性期病院でアルツハイマーと同じ量の薬物を投与されて悪化した症例を、私はいくつも診てきました。また、認知症は確定診断後も徐々に変化することがあります。薬剤の使用量の適切な調整が非常に大切です」
誤診や誤った投薬に陥らないように、当時、DDプロジェクトでは毎月1回の勉強会を開いていた。地域の勤務医、開業医が集まり、自分が行った治療の報告や検討を、メンバーの精神科医も加えて行う場でもあった。診療科の垣根を越え、地域が一丸となって認知症と向き合うことにより、地域全体の認知症対応力向上につながっている。
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