平成28年度診療報酬改定では、質の高い在宅医療を確保する目的で医学管理料の再評価が行なわれた。24時間365日対応の訪問診療は社会背景やニーズ、診療報酬の移り変わりのなかで今後どのように進化・発展してゆくのか。診療体制、日常業務、多職種連携、効率化の実際を、都市型訪問診療の先駆的事例をもとに紹介する。
クリニック概要
人口70万人強の大田区をおもな訪問エリアとする「たかせクリニック」。院長の髙瀬義昌氏は、地域医療のメッカである信州大学の出身。早くから家庭医学や精神科領域に関心を抱き、患者とそれを取り巻く人間関係、環境までを視野に入れて治療を組み立てる「家族療法」と出合う。実践を通して飛躍的な改善を経験し、人間を包括的に診る在宅医療にその手法を生かそうとこの道を選んだ。
常時350〜400人いる受け持ち患者は、多くが認知症と共に生きる高齢者だ。認知症とその予備軍は大田区だけで推定2〜3万人。この地区には緊急対応可能な精神科の病院がなく、とりわけ高齢者の精神科領域は置き去りにされていたという。
認知症の原因疾患は70種類以上あると言われている。合併症も多く、症状が薬剤の副作用であることも珍しくない。「在宅医療では、薬(医療)が2割、ケア(介護)が8割」が持論の髙瀬氏。初回の往診で、「歩けない」「食べられない」「認知機能が落ちている」人が、薬を整理することで驚くほど良くなる例を数多く経験してきた。“在宅診療を卒業”した患者もいるという。
ポリファーマシーの問題解決に加え、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症など「治る認知症」を見逃さないこと、さらに退院・入院支援も自らの役割だと髙瀬氏は言う。認知症患者は病院を嫌がることが多い。どんな病気が背景にあるのか診断推論し、診断的治療で症状を落ち着かせたうえで、病院を受診し診断をつけることもしばしば。また緊急入院の際、「病状も保険情報も経済力も知る」かかりつけ医としていち早く駆けつけ、入院手続きを代行することもある。
スタッフは、常勤医師2名、非常勤医師6〜7名、看護師3名で、医師と診療助手(看護師も含む)、ドライバーの3人体制で1日平均12〜13軒を回る。通常の診療でのさまざまな工夫で、夜間出勤は月1〜2回。髙瀬氏一人で担っているが、「医師は公共財のようなもの。地域で役に立ってなんぼ」との信念を持つ髙瀬氏は「さほど苦ではない」と言う。
医療・福祉連携には、チームモニタリングにより、PDCAサイクルに則り、薬とケアの最適化を図ることが期待され、医療者はカウンセリングやコーチング技術を駆使して患者に認知・行動変容を起こさせる責務があるというのが髙瀬氏の考えだ。
在宅医療は、検査値から介護の質まで同時に複数の事柄に目を配らねばならない。その手法は実践を通して体得するのが近道だと、研修も積極的に受け入れている。また、地域包括ケアで大切な診診連携の骨組みとすべく「月に1〜2回、数軒でも一緒に回りませんか」と医師会の仲間にも声をかける。「在宅医療への参入には覚悟が必要」と語る髙瀬氏。在宅医の適性を「この部分は責任をもってやる!と言えること、それを楽しいと思えること」と表現する。
全国に広がりを見せる高齢者見守りネットワーク「みま〜も」発祥の地・大田区。髙瀬氏は認知症の早期発見・早期対応を目指すNPOオレンジアクトの理事長を務めるなど、地域で高齢者が安心して生活できるしくみ作りにも精力的に取り組む。
スタッフとはface to face、外部スタッフとの連携は電話やfaxで。
カルテのICT化による情報共有が目下の課題
認知症の高齢者を地域で支えるしくみの中核である訪問診療。療養環境に影響する要素を総合的に勘案する能力が求められる
在宅医療専門機関を制度化し、重症度、居住場所、訪問回数に応じて医学管理料を細分化。おおまかには重症患者の月2回以上の訪問で点数があがる。また、在宅比率95%以上の施設では、機能強化型要件に加え、看取り実績や在宅患者全体に占める施設患者割合(≦70%)、重症患者の割合(≧50%)など厳格な基準を満たせば在宅医療専門として認められる。緊急往診や自宅看取り件数等の条件を満たす機能強化型施設は「在宅緩和ケア充実診療所・病院」の加算対象となる。
クリニック概要
桜新町アーバンクリニックの院長・遠矢純一郎氏が訪問診療を志すきっかけとなったのは15年程前のことだ。呼吸器内科医として急性期病院に勤めていたとき、40代前半の肺がん末期の女性に懇願され、遠矢氏同行のもと試験外泊を試みた。すると、帰るや否や酸素チューブを引きずりながら台所に向かい、小学生の娘に味噌汁の作り方を教え始めた。このとき、「その人にとっては命よりも大事なことがある」ことを思い知らされ、「医療はその思いに寄り添い、向き合い、応えていかなければならない」と教えられたのだという。
人口約90万人の世田谷区。同クリニックは急変時に対応可能な「車で30分以内」をおもな訪問エリアとする。担当する患者は約350名。常勤医5名と非常勤医師5名、看護師11名による主治医制+夜間・休日当番制のグループ診療で、24時間365日、オンコールにも確実に対応できる体制をとる。スタッフは事務や薬剤師、作業療法士、ソーシャルワーカーと大所帯だ。
始業は9時。朝のカンファレンス後の勉強会では、全スタッフが持ち回りで関心事や学んだことについてプレゼンする。その後、ドライバー付きの往診車が5〜6台、訪問看護2〜3チームが一斉に出動していく。
往診は医師と看護師のペアで行ない、異なる視点から必要な治療やケアをその場で組み立てていく。訪問は午前・午後4〜5件ずつで、週2回は昼のミーティングも実施する。夕方に戻って残務処理をし、申し送りの後、終業となる。夜間や休日は、ファースト・セカンドコールを医師と看護師の二人体制でローテーションするが、夜間の出動は系列の有床クリニックの当直医も応じる。
同クリニックが力を入れているのががんの緩和ケアだ。遠矢氏によると、新患の4割ががんの終末期で、多くが病院からの紹介だという。当初は緩和ケア医を招いてケースカンファレンスを開いたり、一緒にラウンドしてモルヒネの使い方などを教わった。さらに昨今、認知症にも重点を置いており、現在、精神科専門医から指導を受けている。
往診は平均すると移動も含めて1件30分だが、場合によっては1時間以上かけることもある。
「病状が進むと、家族にも迷いが生じます。何が不安でどんな支援が必要か、いざというときに慌てないよう、これから起こり得ることもすべてお話しします」(遠矢氏)
大事な局面での意思決定支援には時間をかけ、言葉を尽くす。現在、看取りは年間100人強で、うち約9割が自宅、残り1割が病院などの施設だ。在宅に移る際には約半数が、「何かあったら病院に」と希望するが、在宅を経験してどのようなものかがわかると、多くが「病院でなく、ここで看取られたい」と気持ちが変わるのだという。
クリニックHPより
在宅に必要不可欠なのがチーム医療であり、遠矢氏が特に力を入れているのが「情報共有」だ。
クリニックでは、連携する訪問看護ステーションや介護事業所とファックスやICT(地域連携システム)を通じて、診療の記録を共有している。
「こちらが情報を出すと、あちらからもどんどん情報が返ってきて、別個の事業体がまるで一つの病院になったかのようです」(遠矢氏)
ICT化にはカルテの電子化が必要だ。以前は残業して入力作業を行なっていたが、現在は往診を終えた車中で診療内容をボイスレコーダーに録音し、看護師資格を持つ在宅勤務のスタッフに送り、翌朝までに文 字データに起こしてもらう「ディクテーション」を導入している。これにより、デスクワークが減り、診療時間が5割も増えたという。
連携をスムースにする努力は情報共有にとどまらない。
がん終末期の在宅期間は、紹介されてから看取りまで平均で2カ月ほど。連携先と考え方や手順が合わないと、満足のいくケアが提供できない。そこで、同クリニックでは地域の医療者や福祉関係者を招き、定期的な勉強会を開くことで、地域における在宅ケアの標準化をはかる試みを行なっている。また、院内の薬剤師が往診に同行して薬剤の交通整理に取り組むようになってから、当初1割にも満たなかった「薬局による訪問服薬指導」が6〜7割にまで増えたという。
遠矢氏の語る在宅医療の魅力は「家族背景や人間関係、経済状況まですべてを把握し、必要な医療を一緒に考える面白さ」だ。これは誰にでもできることではない。
在宅医療は連携あってこそ。自分も助けられているのだと認識し、連携やチーム医療を意識して動けること、そして包括的なものの見かたができることが在宅医に求められる資質だと遠矢氏は考える。
「病院で亡くなると、家族からは『残念』や『かわいそう』などネガティブな言葉が多く発せられますが、在宅で看取るときは『ありがとう』『よくがんばったよ』というねぎらいの言葉、感謝の言葉が多く聞かれます。その方はもちろん、残される家族にとっても大切な時間をどう支えていくかを我々は問われているのだと思います」(遠矢氏)
多職種がワンフロアで肩を並べるが、職種が偏らぬよう、半年ごとに席替えがある
チーム医療、多職種連携を意識して動ける人が在宅医療に求められる医師像であり、包括的なものの見かたができることも重要な資質である
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