医学の進歩にともない医療にかける人々の期待は膨らむ一方だが、その満足度は理不尽なまでに低い。しかも、その評価は治療そのものではなく、「患者対応」のつまずきに依るところも大きい。世界屈指の医療水準に見合った患者満足度を得るために、できることは何か?最低限守るべき心得とは?医療現場で起こるさまざまなトラブルや悩みに向き合い、共に考える医業経営コンサルタントの原聡彦氏に聞いた。
患者は医療に何を期待し、どのようなことを評価の対象とし、満足・不満足を感じているのだろうか。
図表1・2は原氏が代表を務めるMASパートナーズが、転院した患者を対象に実施したアンケートの結果だ。病院のどこに不満を感じるのかを問うと、「待ち時間の長さ」や「プライバシーへの配慮」などシステム上の不備に関する項目が上位に挙がる。が、実際に病院を変えようと決意させたのは、「医師の説明の不十分さ」や態度、コミュニケーションのあり方など、医師に対する不信感であることがみてとれる。
「このうち4割強の方が指摘する『技術レベルの低さ』は、診断や治療そのものに対する不満というより、その意図が患者さんに伝わらないために生じる不信感のあらわれと捉えています」(原氏)。
病院への不満が即転院に結びつくわけではなく、医師のコミュニケーションレベルの低さが転院の直接の動機となり得るという結果だ。
原氏は、医療現場で改善すべき点を抽出するために、期待度と満足度を段階的に問う患者アンケートを提案している。医療機関を選ぶ際に重視する点を尋ねたうえで、実際、診療を受けた後にどの程度満足したかを問うものだ(図表3)。
図表4は集患に悩むある施設のアンケート結果だが、患者が期待するのは「医師が話を聞いてくれる」「治療方針のわかりやすさ」「医師の説明」などであり、多くの医療機関が改善に取り組んでいる「待ち時間の短さ」や「院内設備や雰囲気」は二の次であることがわかる。つまりこの医療機関問題は、多くの患者が期待を寄せる「医師の説明能力や傾聴姿勢」に対する満足度がいずれも低く、期待度と満足度との間に大きな開きがみられる点にあることが数値的にも明らかにされている(図表4)。
たとえ3時間待ちの3分診療であっても「医師とのコミュニケーションに妥協はできない」というのが患者心理。その気持ちを汲み取ることが患者対応に取り組む第一歩だ。
診察の説明はこと細かに、患者にもわかるようにしてほしい/コンピューターの画面ばかり気にしていないで、顔をみて説明してほしい/医師にとっては当たり前のことかもしれないが、痛みの原因、薬、常日頃注意すべきことなどについて省かずに話してほしい/対症療法だけでなく原因治療をしてほしい/医師には日常的なことでも、患者にとっては初めての体験。次の診療の説明があると安心できる/治療方針の説明がない/同じ病状の人にしているアドバイスが私にはない。同じことを尋ねるのがはばかられて聞けない/職員が忙しそうにしていると患者は不安な気持ちになる
コミュニケーション力も医師の臨床能力の大切な要素だが、前提として「医師は患者にとって緊張する存在だと認識する」必要があると原氏は指摘する。目線を患者と同じ位置に保ち、威圧感を与えないこと。さらに原氏は「ちょっとした心掛けで患者対応はぐんとレベルアップします」と以下の留意点を挙げる。
初対面の人に会ったら、まず「立って」「挨拶して」「名乗る」という世間一般では当たり前に行われていることが診察室でもできているか。患者は痛みや不安を抱え、何とかしてもらおうと受診する。それを知るために、とにかく1分間、患者の話を聴く。話の途中で、「それはこういうことです」とか「それは心配いりません」などと結論付けて、話の腰を折らない。「話を聴いてもらえた」「苦痛を受け止めてもらえた」と患者が感じることができれば、たとえ3時間待たされたとしても、患者は「来てよかった」と思える。
「その他おおぜいの一人」ではなく、個人として認識されていると実感できれば、医師への親近感はぐっと増す。「〇〇さん、おはようございます」「〇〇さん、どうぞお大事に」など、患者さんの名を口に出して語りかけることは、良好な信頼関係づくりの第一歩。また、病人としてではなく生活者として、一人の人間として接する。たとえば、患者さんとの会話をメモしておき、次回の診察時に「〇〇の旅行はいかがでしたか?」と話題にする。病気以外の話題を切り出すことで緊張もほぐれる。
患者にとって病院は特別な場所であり、検査も治療も多くは初めての体験。「いまから〇〇のために点滴をしますが、1時間程度かかります。お手洗いはよろしいですか?」「〇〇を調べるために採血しますね。最初だけ、少しチクッとします」など、処置や検査に先立ち、「なぜ」「何を」するのか、説明・声掛けをしながら進めることで、緊張や不安をできる限り和らげるよう努める。
診断結果や治療方針は、画像や図などを示しながらビジュアル的に、専門用語を使わずにわかりやすく伝える努力を。大事なことを伝える場面ではアイコンタクト、苦痛に対しては患者に触れる「手当て」の力も活用する。また、「実際、どのくらいの期間治療を続け、どのような状態になれば治療を終えることができるのか」がわからずに、不安に感じている患者は少なくない。治療期間とゴールを患者さんと共有することで、先の見えない不安からくるドロップアウトを防ぐ。
最後に「ほかに何かありませんか?」と声をかけ、言い出せなかったことや遠慮して聞けなかったことを切り出すチャンスを設ける。
すべてを医師一人で担うことは不可能。たとえば、看護師などが診療に立ち会い、緊張やパニックで医師の話に納得・理解していない患者のフォローを行なうなど、医療職から事務に至るまでスタッフ全員で患者さんを見守る体制を構築し、それぞれの視点で得た情報をみなで共有する。
医療事故や過誤に限らず、日常の些細なトラブル、苦情への対応も一 歩間違えると大きな問題に発展する。
「病院はクレーム対応について個人のスキルに頼っているようなところがありますが、組織で対応することが何より重要です」と原氏は明言する。図表5はクレーム対応の組織例だが、とくに初期対応を誤ると事態が泥沼化する恐れがあるので、以下の『3ステップ』を徹底する。
まず「謝る」こと。ただし、「ご不快な思いをされたのですね。申し訳ありません」など、あくまでお詫びの対象は、不安や不快な思いをさせた点に留める。事実確認をするまでは、クレームの対象となる事柄・出来事に対して謝罪や言い訳はしない。
相手の話をただ聴くだけでなく、同時に「事実確認」のための情報収集とクレーム内容や要求の妥当性の判断を行なう。相手を刺激したり、不満を増幅させることのないよう、以下の点に留意する。
〈傾聴の基本姿勢〉
①相手と目線の高さを合わせる、②相手とまっすぐ向き合い、目をみて話す、③口調に気をつける、④意味もなく笑わない、⑤適度なタイミングと頻度で頷いたり相づちを打つ
STEP1~2にかける時間はおおむね60~90分に留める。『傾聴』に時間をかけすぎると、クレームの内容や範囲が次第に拡大する傾向がある。切り上げの際の留意点は以下だが、慣れないと難しいので、熟練者へのバトンタッチも考慮する。
①初期対応にあたっておおむね60~90分が切り上げ時、②「○○さんのおっしゃることはわかりました。ご指摘の内容は□□~△△ということでよろしいでしょうか」と相手の主張を要約する、③要約の内容に間違いなければ、切り上げる
切り上げの際には「追い返された」と感じることのないよう、「お話はたしかに承りました。当方でも改めて事実関係を調べて、その結果をご報告しますので、〇月〇日に再度お越しいただけますか」などと、次の約束をすることで、相手が同じ主張を繰り返して堂々巡りになるのを防ぐ。
クレームへの対処法は各施設でマニュアル化し、組織の共通認識として職員に周知徹底させる。一連のやり取りは「お話の内容を正確に把握するために録音させていただいてよろしいですか」と先方の許可を取って記録する。また、入院案内や院内掲示に「暴力に屈しない」旨を明記するなど、職員が安心して働ける環境の整備を目指す。患者・家族からの感謝の手紙やお礼の品も含め、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を義務付け、院内の出来事はすべて組織で対応する。
「患者さんとのコミュニケーションが苦手な医師は、スタッフともうまくいかない傾向が少なからずある」と原氏は指摘する。「一人そういう人が入るとチーム医療が立ち行かなくなり、医療事故につながる恐れがある」という採用担当者の声もある。しかし何より、良好なコミュニケーションに基づく信頼関係から生まれた「患者・家族の感謝の言葉」を耳にしたときこそ、臨床医が報われたと感じる瞬間なのではないだろうか。
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