医院開業で失敗しないためのセオリーは、年々、少しずつ変わっている。最新の人口動態や医療制度の改定、社会情勢などを踏まえ、戦略的に準備しなければならない。また、昨今は他院の経営を引き継ぐ「承継開業」も注目されている。開業準備における選択肢は増え、複雑化しつつあるのだ。そうしたなかでも競合に負けない方法は? 医師の目指す開業を実現するための方法を実績豊富な植村氏に、承継開業の方法を山田氏に聞いた。
- 株式会社日本医業総研 東京本社 シニアマネージャー
- (株)日本医業総研は会計事務所を母体とする、約400件の医院開業を成功させた開業コンサルティング会社。自身は東京本社の責任者を務める。開業前だけでなく、その後の経営を見据えた支援を旨としている。
- 株式会社リクルートメディカルキャリア HRソリューション部 事業承継支援グループ グループマネージャー
- 同社・医院承継支援サービスの開発責任者。国内最大級の医院承継支援サイト「ヒキツグ」を運営。
「住宅地でプライマリケア」は飽和状態。
「都心」「専門性」で攻める医院が増加
医院に付加価値をつける
「戦略」が問われる時代に
下図は、一般診療所数の推移である。全体数は微増が続き、診療科別(下表)では糖尿病内科やアレルギー科、リウマチ科といった専門領域の増加率が高い。
医院開業のコンサルティングを行う日本医業総研の植村智之氏によると、数年前から専門性を強調した医院が増加しているという。それも都心部を狙うケースが多く、東京なら新宿や渋谷などのターミナル駅か、オフィス街での開業が目立つ。
「以前にも増して、戦略的に開業する医師が増えています。内科は、一般内科より呼吸器内科や内視鏡内科。整形外科は、高齢者の多い住宅地で慢性疾患を診るのではなく、現役世代の多い都心部でスポーツ整形を中心に診るなどの戦略をとる例があります」(植村氏、以下同)
こうした変化の要因は、従来のスタイルの医院が飽和状態になり、患者が付加価値を求めるようになったこと。加えて、都心部の人口増が関係しているようだ。
「例えば、東京の飯田橋ではマンションが増えて1キロ圏内に3万人以上が住んでいます。これは、郊外の住宅地とあまり変わりません。住宅地の医院は主に夜間人口をターゲットとしますが、都心部は昼間人口と夜間人口の両方を狙えます」
失敗しない開業のためには、医療制度の改定を意識する必要もある。今年度の診療報酬改定で「オンライン診療料」が新設され、開業と同時にオンライン診療の導入を考える医師も現れ始めている。だが、植村氏は「まずは外来診療をしっかり軌道に乗せましょう」と慎重な姿勢だ。
「今回、新設された診療報酬は決して高い点数ではありません。一方で、診療に必要な時間は対面もオンラインもあまり変わらず、患者が通院しないとなると、他のサービスの提案ができない懸念もあります」
現在、オンライン診療がうまくいっているケースは、花粉症の舌下免疫療法など、継続した投薬が必要かつ、対面で診なくてもそれほど差し支えない疾患だという。
他に制度面のトピックスとしては、整形外科のリハビリが一定期間を過ぎると介護保険に移行することが決まった。
「医院にデイケアを併設すればいいのですが、敷地や資金面でかなり難しいでしょう。算定日数を超えたら自費診療に切り替える方法もあるものの、富裕層の患者でなければ成り立ちません。業界状況も把握したうえで、あらかじめ医院の方針を明確にすることが大切です」
- ◆ 一般診療所施設数の動態状況(年次推移)
- 厚生労働省「医療施設」(動態)調査
- ◆ 診療所施設数の推移(重複計上)
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診療科/年 平成23年 平成26年 増減率 内科 61,207 63,888 4.2% 呼吸器内科 7,336 7,894 7.1% 循環器内科 12,034 13,097 8.1% 消化器内科(胃腸内科) 17,353 18,658 7.0% 神経内科 2,901 3,065 5.4% 糖尿病内科 2,440 3,273 25.5% 小児科 19,994 20,872 4.2% 外科 13,644 13,976 2.4% 整形外科 12,252 12,792 4.2% リハビリテーション科 11,252 12,198 7.8% リウマチ科 3,893 4,403 11.6% 皮膚科 11,518 12,328 6.6% アレルギー科 6,122 7,241 15.5% 耳鼻咽喉科 5,738 5,870 2.2% 眼科 8,239 8,260 0.3% 婦人科 1,892 1,907 0.8% 泌尿器科 3,604 3,726 3.3% 精神科 2,739 6,481 57.7% 心療内科 3,864 4,577 15.6% - 厚生労働省「医療施設」(動態)調査
- 失敗しない! ためのポイント
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- オールマイティをアピールするより、専門性を強調した科目が有効。
- 飽和状態の住宅地ではなく、ターミナル駅やオフィス街も検討する。
- 医療制度改定の動向はしっかり把握しつつ、対応は慎重に選択を。
自分の経歴などから強み、弱みを分析し
診療の“柱”となるコンセプトを熟考する
差のつく診療コンセプトは
「専門特化」「連携」が二大潮流
開業=経営者になること。そして診療コンセプトは、医院経営を支える柱であり、困った時の拠り所でもある。後々の立地選定や事業計画、採用計画など、すべての開業準備にも関わるだけに、念には念を入れて検討しなければならない。
基本的な流れは下表のとおり。植村氏はこう説明する。
「まずは自身の経歴や専門性、性格などを振り返り、強みと弱みを分析します。そのうえで、強みを生かせる診療コンセプトを考え、戦略に落とし込むのです」
前Chapterで述べたとおり、患者は医院に付加価値を求めるようになっている。そのなかで成功している医院には、「専門特化」と「連携」という二つの潮流がある。植村氏が実際に目にした事例を紹介しよう。
事例1 アレルギー科医院
ホームページにQ&Aコーナーを設け、患者からの質問に院長が直接答えている。さらに月2回、患者向けの勉強会を開き、アレルギーの専門知識をわかりやすく伝えている。
事例2 耳鼻咽喉科医院
モニターを駆使して目に見える治療を実施。所見はビデオに撮って患者に渡す。臨床検査技師を採用し、専門的な聴力検査を実施している。
どちらも、勤務医時代に培った専門性を強みとした診療である。周囲に競合があっても、こうした専門的な診療は医院のファンを増やし、口コミでの患者増が期待できる。
連携を強みとした開業には、次のような事例がある。
事例3 小児科医院
大規模小児病院の元小児外科医長が、同院の近くに開業。小児科全般を診るほか、元勤務先の患者の術後フォローをしている。現在も週1日は元勤務先の外来に入っているため、連携のパイプは太い。専門外の患者が医院に来ても、すぐに元勤務先に相談でき、紹介もスムーズだ。
「元勤務先病院の近所で開業し、緊密な連携をする『お膝元開業』は、以前から成功セオリーの一つでしたが、最近また注目されています。元勤務先の規模や関係性によっては難しい戦略ですが、在職中から将来を見越してよい関係を構築しておくことで、元勤務先が自院の強みになり得るのです」
他に、社会福祉協議会の勉強会に積極的に出席し患者を確保した在宅医院や、区の保健師との関係構築で患者紹介を受けている精神科医院などもある。
「地域ニーズを把握し、自分の強みをうまくマッチングすることが、成功に繋がります」
一方、失敗しがちな事例について植村氏はこう語る。
「ニーズがありそうだからといって、自分の本来の専門でもない科目まで並べてしまっているケース。そうした医院は、何を得意としているのかわかりにくく、立地がよくても盛況しにくい傾向です」
診療コンセプトと戦略を最初にしっかり立てることが、成功への第一歩となる。
- ◆ 方針・戦略決定のポイント
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流れ ポイント 活かした事例 1 自分の強み・弱みを
分析するこれまでの経歴(学歴・免許・職歴・役歴・専門医資格・学会活動)などを振り返り、自分の強み・弱みを分析する - 内視鏡技術を生かした内科胃腸科クリニック
- 勤務医時代の在宅診療経験を生かしたクリニック
2 診療コンセプトを
検討する診療内容・差別化策・治療技術の概要等から診療コンセプトを考える。ターゲット患者、診療科目も前提に - 地域密着を徹底するコンセプト
- 予防医療・健康管理を前面に打ち出すコンセプト
- 高度な医療をアピールするコンセプト
3 医療連携先を
明確にする的確・スムーズに患者診療ができるよう、考えられる医療連携先と連携方法を考える - 前勤務先病院の傍で開業しスムーズな連携を図る
- 開業直前に非常勤として勤務し、開業後に連携
- 近隣病院で定期的にオペを行い、強い連携関係
4 差別化戦略を検討する 自分の強みや専門を活かす、患者視点で独自サービスを強化する、などで他と差別化する戦略を考える - 母親勉強会の開催、アレルギー図書貸出を行う
- HP上で問診票をダウンロードできる仕組みを導入
- スタッフ教育を充実させ質向上に力を入れる
5 経営理念を検討する 開業理由の明確化、マーケット把握、および1〜4の検討を通じ、経営理念を考え、具現化する - 「患者とのコミュニケーションを大切に」
- 「地域のソーシャルクリニックを目指す」
- 「オーダーメイド医療の実践に尽力する」
- 失敗しない! ためのポイント
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- 診療コンセプトはすべての始まり。疎かにせず設定する。
- 自分の強みを生かした、地域ニーズに合致するコンセプトが有効。
- 多すぎる標榜科目、過度な自費診療はアピールにならない場合が多い。
個人的な好みや賃料の安さではなく、
「診療コンセプトに合致しているか」が判断基準
“一番立地”を見つけるには
現地を歩くことが不可欠
インターネット上には開業物件情報が溢れている。物件情報の収集にはまり、まるで居住用マンションを選ぶように理想のエリアの開業物件をいくつも見て回る医師もいるという。だが、物件先行の開業準備は、入念な調査のうえでの選定が大切だ。
「開業に適した物件は、診療コンセプトに合致し、なおかつ自院が目指す医療が不足しているエリアにあります。自宅から近い、賃料が手頃などの理由で先に決めると、あとから『実はターゲットとなる患者層が少なかった』となりかねません」
実際に次のような事例がある。
事例1 循環器内科医院
出身地の町にUターン開業。総合病院の循環器内科医だったことから、循環器内科の専門医院にした。町内に競合医院はないが、開院から1年たっても集患に苦戦している。地元の患者は、隣の市の総合病院を受診していた。
こうした事態を避けるためには、診療コンセプトに沿ったマーケティングや診療圏分析を行い、慎重に物件を選ぶことだ(下図)。
「専門性の高い医院は、広域から集患ができるターミナル駅に近い物件。一般的な診療の医院は住宅地のある駅で、住民の生活動線上にある物件、という基本はあります。しかし“一番立地”を見つけるには、現地を歩いたり、住民に聞き込みをしたりといった地道なマーケティングが欠かせません」
例えば、次のようなケースがある。
事例2 小児科医院
診療圏調査で候補に挙がったエリアに、「閉店のお知らせ」を貼った蕎麦店があった。周囲に競合となる小児科はなく、保育園とスーパーが近い絶好の立地だ。不動産業者には出回っていない物件だったが、開業コンサルタントが物件のオーナーと接触を試み、契約できた。
戸建て、テナント、モールといった開業スタイルも、それぞれのメリット・デメリット(下表)を念頭に置き、診療コンセプトに基づいて判断したい。次のケースは、自院の強みを最大限に発揮できる物件として、モールを選んだ。
事例3 消化器内科医院
大腸内視鏡を売りにした消化器内科専門医院。都心に近いターミナル駅を候補に物件を探した。一般的な診療科の並ぶモールは飽和状態だったが、新たに建設中のモールは専門性の高い医院ばかりが入居予定だと知り契約。質の高い医療モールとして注目を浴び、盛況している。
どんなときも「診療コンセプトに最適な場所」を一番に探すことだ。
- ◆ 立地選定の基本的な流れ
- ◆ 開業スタイルのタイプ別メリット・デメリット
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一戸建て(所有地、借地)
メリット 建物のデザインが自由 デメリット 初期投資が多額になるため、多額の借入金が必要となるケースが多い。 -
一戸建て(リースバック方式)
メリット 建物のデザインが自由、かつ初期投資が比較的少額となるケースが多い。 デメリット 長期契約で賃料が割高になるケースがある。途中解約時の解約条件が厳しい場合が多い。長期的に見れば、自己所有より割高となる。 -
テナント
メリット 一戸建てと比較して初期投資が少ない。駅前テナントなど集患面で有利な立地条件を獲得できるケースが多い。 デメリット テナント区画の形に制限があり、電気容量、給排水など設備面でも制限があるケースが多い。 -
テナント(医療モール)
メリット 複数の診療科が集まることで認知度が高まり、集患面でも相乗効果が得られるケースが多い。 デメリット 他の診療科の先生との人間関係がうまく行かない場合に相乗効果が期待できないことがある。
- 失敗しない! ためのポイント
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- 物件先行は慎重に。診療コンセプトに合致し、ニーズのある場所に。
- 専門医院はターミナル駅、一般診療は住宅地のある駅が基本。
- 机上では気付けないことも多い。現地を歩いて確認するのが必須。
医療機関の信用度は高いが、慢心は禁物。
根拠に基づく「事業計画」で融資を交渉しよう
超低金利のいま、あえて
自己資金を少なくする選択も
勤務医と開業医の最大の違いは、「資金繰りへの責任」といっても過言ではない。失敗しないためには、事前の資金計画が極めて重要である。
新規開業に必要な資金は、規模や立地、診療内容によって異なるものの、数千万〜2億円ほどがかかる。従来は、数年かけて自己資金を貯めておく医師が多かった。だが、最近は自己資金0円や、500万円だけというケースが増えているそうだ。
「本当に資金がない場合もありますが、仮にあったとしてもプールしておくことをお勧めします。お子様の教育資金をとっておく意味もありますが、今は超低金利ですから、自己資金が少なくても十分に融資を受けられる可能性があります。自己資金0円、保証人・担保なしで金利1%前後、7000万円調達したケースもあります」
医療機関の信用度の高さが伺えるが、大きな融資を受けるには、資金繰りの見通しをまとめた「事業計画書」が盤石でなくてはならない。
「売上げを高め、経費を安めに予測した楽観的な事業計画書では、融資の条件は厳しくなりますし、借りられたとしても開業後に資金ショートを起こす恐れがあります。金融機関の信用を得るには、売上げは低め、経費を高めに予測した、ある意味、悲観的な事業計画書が鉄則です」
売上予測は「来院患者予測数値×治療単価×稼働日数」で算出する(下図)。このうち来院患者予測数値は、徹底的に分析する必要がある。
「診療圏調査ソフトでもある程度は分析できますが、国の統計(人口や受療率)などから算出した参考値に過ぎません。現実に近い来院患者予測数値は、競合医院の位置や評判、地域の人の動線、地域を分断する道路の有無などを調べ、さらに町丁別の小さな単位で患者数を割り出して、ようやくわかります」
経費に関しては給与や家賃、接待交際費などを漏れなく計上する(下表)。医師会に入る場合は、入会料の計上を忘れないようにしよう。
さらに、資金繰りをシミュレーションした月次推移表1年分と、年次推移表5年分も金融機関に提出したい。こうした専門的な事業計画書を医師個人で用意することは難しいため、医療に精通している会計事務所やコンサルティング会社に相談するのが現実的だ。これらは、何でも医師の言うとおりにするのではなく、時に厳しいアドバイスもするところが頼りになる。
- ◆ 売上予算のたて方
- ◆ 開業後のランニングコストと開業準備工程の関連性(例)
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収入 保険診療収入 3,213,000 自由診療収入 0 合計 3,213,000円 ●マーケティング調査・立地選定 原価 薬品仕入高 96,390 検査費率 128,520 合計 224,910円 ●調剤薬局検討 総利益 2,988,090円 販売費/管理費 給与 700,000 ●スタッフ採用・教育 賞与 0 地代家賃 441,000 ●マーケティング調査・立地選定 接待交際費 50,000 減価償却費 218,998 ●医療機器選定・電子カルテ選定 リース料 255,150 ●リース会社選定 水道光熱費 60,000 広告宣伝費 80,000 ●広告宣伝・ホームページ制作 諸会費その他 303,000 支払利息 103,563 ●資金調達 合計 2,211,711円 当期利益 776,379円 資金縛り 元金(-) 267,414 ●資金調達 減価償却費(+) 218,998 生活費(-) 700,000 資金残高 27,962円
- 失敗しない! ためのポイント
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- 売上げは低め、経費は高めに予測した悲観的な事業計画書が鉄則。
- 来院患者予測は、徹底的な診療圏調査で根拠ある数字を出す。
- 「イエスマン」でなく、適切な指摘をする会計事務所を選ぶ。
相談先を選ぶ基準は、医療機関の実績が豊富で、
コスト削減の創意工夫ができること
医療機器は必要最低限に。
使用頻度をよく見極めたい
建築・設計は、開業準備においてもっとも大きな金額が動く。医院の規模や診療内容によって費用は様々だが、一般的な目安は下表。
戸建て医院で建築費用が5000万円を超えるような場合は、設計事務所と施工業者を分けて依頼し、施工業者はコンペで決めることがある。競争原理が働き、工事費を安くできる可能性があるためだ。
また、戸建て医院は、車いす用のスロープや駐車場といった、外構工事のことを考える必要もある。
「郊外の立地なら、10台分くらいの駐車場がほしいところです。敷地内にスペースをとれなければ、近隣の月極駐車場を借りることが多いですね。費用はかかりますが、駐車場に看板を立てるため、広告効果もあります。あるいはコインパーキングの駐車券をあらかじめ購入し、診療にかかった時間分だけ患者に渡す方法もあります」
テナントで開業する場合は、設計から施工までを施工業者に一任するのが一般的。建築費全体がコンペをするほど高額ではなく、設計監理料も不要となるからだ。
いずれにしても、建築事務所や施工会社は医療機関の実績が豊富なところに依頼したい。
「医師やスタッフ、患者の動線に精通した業者でなければ、医療機関特有の設計は難しいでしょう。例えば、診察室と処置室が裏でつながっておらず、わざわざ医師がドアをあけて採血をオーダーする、など使い勝手の悪い設計になりかねません」
過去にリーズナブルな実績がある業者かどうかも考慮したい。
「細かいことですが、壁を天井まで上げると空調設備やスプリンクラーが二つ必要でも、壁と天井の間をあけると一つで済むことがあります。声が漏れても差し支えない部屋は、そうすることで大幅なコストカットができます。積極的にこうした工夫をしてくれる業者を選べるといいですね」
医療機器の導入は、必要最低限に絞るのが基本だ。初期投資額の目安(リース料)は下表のとおりで、決して安くはない。実際に使うかどうかわからない機器は導入しないか、中古にする。あるいは、経営が黒字化してから入れられるようにスペースを確保しておくといい。
「CTのリース料は安くても月50万円ほどで、採算がとれないケースも少なくありません。生化学検査機器を入れたい医師も多いのですが、購入価格が300万〜400万円ほどします。糖尿病内科など、毎回のように採血をする診療科であれば前向きに検討してもいいですが、1日1〜2回しか使わないなら、外部委託したほうがいいでしょう」
設計も医療機器も、「病院ではこれが当たり前」という感覚でいるとコストが膨大になる。医院のコンセプトや診療方針と照らし合わせ、適正に判断したい。
- ◆ 建築費の目安
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種類 坪数 建築費用
(坪単価)備考 戸建ての場合 いずれも60坪程度まで 木造 80〜120万円 付帯工事(外構・看板・地盤調査・杭・既存解体などにより費用増加) S造 100〜130万円 RC造 110〜150万円 テナントの場合 30〜40坪 45〜50万円 X線なし 50〜55万円 X線あり 45〜60坪 45万円 X線なし 45〜50万円 X線あり
- ◆ 医療機器の初期投資目安
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診療科目 特記事項 金額(単位:千円) 内科 一般内科 12,000〜15,000 消化器 15,000〜30,000 循環器 12,000〜20,000 小児科 10,000〜15,000 整形外科 20,000〜25,000 眼科 オペなし 20,000〜30,000 オペあり 40,000〜50,000 耳鼻咽喉科 15,000〜25,000 皮膚科 12,000〜15,000 婦人科 無床 15,000〜25,000 心療内科・精神科 5,000〜8,000
- 失敗しない! ためのポイント
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- 建築費が高額な場合は、施工業者をコンペで選ぶ手もある。
- 医師、スタッフ、患者の動線がスムーズな設計が基本。
- 病院並の設備は目指さない。使用頻度の低い機器は外部委託にする。
スタッフの定着を狙い「働きやすさ」を整備。
最近はあえて診療時間を短めにする医院も登場
求人難は医院も例外ではなく
スタッフの賃金が上昇傾向
医院の採用計画は、開業予定日の3ヶ月前頃から始める(下図)。応募書類や面接で丁寧に選考したい。
「オープニングスタッフは、医院の雰囲気を決定づけます。看護師も受付スタッフも、経歴より人柄を重視して選びましょう。自院の経営理念に共感し、円滑なチームワークがとれる人を採用できれば、経営上の強力な“武器”になります」
賃金目安は、看護師27万円〜、受付職員18万円〜(どちらも正職員の月給)(下表)。人件費の合計は売上の20%以下が目標だ。開業当初は、パート採用を多めにして、最小限の人員計画で臨むのが無難。
ただ、昨今の求人難は医療機関も例外ではない。人件費は上がり気味で、優れた人材の採用には戦略が必要になってきた。
「相場より高い賃金設定は、一つの採用戦略ですが、“お金で来た人はお金で出ていく”という法則もありますので、他の方策も必要です」
また、気心が知れているからと、元勤務先のスタッフを採用する場合も、注意が必要だ。
事例1 眼科医院
勤務医時代の同僚看護師が、「開業するなら採用してほしい」と言ってきた。人柄も能力も優れていたため採用を前提として話を進めると、待遇に難色を示した。給与は今までと同額だが、定期昇給がないことで折り合いがつかなかった。結局、開業予定日が近くなってから、採用を一から考え直す事態になった。
最近は、優秀なスタッフが定着するための戦略として“働きやすさ”を考慮する流れがある。
「今までは患者の利便性を考えて診療時間を長くする医院がよく見られました。しかし、今はあえて診療時間を18時までに設定し、スタッフの就労環境をよくする医院も現れています」。ただしこの場合、診療時間を短縮すると、その分、売上げも少なくなるので、資金計画の段階で織り込んでおく必要がある。
採用後の人材育成も、あらかじめ考えておきたい。
「ポイントは、いかにスタッフとコミュニケーションをとるかです。定期的に朝礼や個別面談、全体ミーティングを行い、経営理念や『報連相』を徹底させることが大切です」
事例2 外科胃腸科医院
隔週月曜は朝8時30分から全体ミーティングを1時間行い、各部門からの業務改善提案、課題レポートの発表をしている。院長の「患者第一優先」の考えを浸透させ、患者との厚い信頼を築いている。
他に、全スタッフ参加の昼食会や、親睦会を開く例もある。コミュニケーションが苦手な医師にはハードルが高く感じられるかもしれないが、最初からルーチン化するといい。
「継続していくことで、スタッフに院長の思いが伝わり、よい関係が築かれていきます」
- ◆ スタッフの採用スケジュール目安
- ◆ 各職種の目安賃金
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職種 区分 月額(パートは時給) 賞与 看護師 正職員 270,000円〜 3ヶ月/年 パート 1,900円〜 医療技術員 正職員 250,000円〜 3ヶ月/年 パート 1,300円〜 受付事務等 正職員 180,000円〜 3ヶ月/年 パート 1,000円〜 - *賃金は首都圏目安 *上記目安賃金は週休2日の場合
*パート中心で構成する場合は看護師2〜3名、受付事務4名〜6名程度で検討
- 失敗しない! ためのポイント
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- 開業当初はパート採用を多めにし、最小限の人員で臨む。
- 高い賃金は採用戦略の一手だがリスクも。働きやすさの整備が有効。
- 開業後は、スタッフとコミュニケーションをとる場を継続的に設定する。
ネット広告の重要性は年々上昇。
専門的な記事を充実させ、有料広告も視野に
都心の専門医院は広告費に
月10万〜30万円かけている
一般的な広報展開内容とスケジュールは下表のとおりだ。パンフレット作成、個別ポスティングや広域新聞折込、内覧会などの手段で、地域に認知を広めていく。
そのなかでも、「ネット広告の重要性は、年々、高まっています」と植村氏は断言する。日本医業総研が調査している患者の来院動機は、「ホームページを見て」が常に上位だ。昨今、専門性の高い医院が求められているが、文字数制限のないホームページは専門性をアピールする絶好の媒体である。
「記事の分量=専門性が高いと判断されている傾向があります。専門医としての経歴はもちろんのこと、疾患や治療法の専門的な解説を、観る人が満足する分量で載せることが、成功のセオリーと言えるでしょう」
最近は、開業前からプレサイトを用意することが当たり前になりつつある。遅くとも開業1ヶ月前には開設し、医院名や所在地、開業時期などの基本情報を載せておこう。
ただ、ホームページの開設からしばらくの間は、どうしても検索サイトの上位に表示されにくい。その場合、有料の「リスティング広告」(下表)を利用する手もある。リスティング広告では、自分で「キーワード」と「広告内容」を登録し、そのキーワードが検索されると検索結果上部に広告内容が表示される。料金はキーワードごとに入札する仕組みで、人気キーワードほど高額である。
「都心の専門性の高い医院は、リスティング広告に月10万〜30万円ほどかけ、集患に成功しているケースも。住宅地の内科や整形外科などは多くて5万〜10万円ですが、もう少しかけてもよいかもしれません」
一般的に、患者は「地名+症状」のキーワードで検索することが多い。それを見越して、医院名を決めた例もある。「丸の内腹痛医院」(仮称)のような名称にし、検索サイトで上位に表示されやすくしたのだ。
「思い切った戦略ですが、地名にブランド力があり、専門性の高い医院であれば有効だと思います」
なお、覚えておきたいのは、今年6月に施行された厚生労働省の「医療広告ガイドライン」である。これまで法規制の対象外だったホームページやリスティング広告も規制されることになった。虚偽広告や誇大広告、比較広告(他より優位性があるとした表記)などのほか、新たに「患者の体験談」と「患者を誤認させる恐れのある治療前後の写真」(いわゆるビフォー・アフター)も禁止された。十分理解して対応したい。
- ◆ 開業前後の広報展開タイムスケジュール例
- ◆ リスティング広告の活用について
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概要 インターネット広告の一種で、検索エンジンで一般ユーザーが検索したキーワードに関連した広告を検索結果画面に表示する広告(テキスト形式)である(サーチエンジンマーケティング)。 価格の決定 オークション形式でキーワードごとにクリック単価(価格)が決まる。 登録 広告主は、「キーワード」と「広告内容」(タイトル15文字以内、説明文38文字以内 ※半角全角1文字計算)を登録する。 検索時の表示 登録された「キーワード」に一致する(あるいは関連する)キーワードが検索されると、検索結果に「広告内容」を表示する。 報酬の支払い 表示のみでは、料金は発生しない(月額料金は別)。クリックに応じて料金が発生し、広告主に料金が課されることとなる(クリック報酬型広告の形態である)。 クリック単価と広告掲載順位 クリックに応じて発生する料金は入札によって決められ、人気のあるキーワードはクリック単価が高騰する。ただし、広告の掲載順位は、広告の品質と入札価格の両方の要因によって決定し、単純に入札金額のみには依存しない。
- 失敗しない! ためのポイント
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- 患者の来院動機は「ホームページ」が常に上位。開業前から準備を。
- 集患が足りなければ、リスティング広告を使う方法も。
- 医療広告ガイドラインの規制に抵触しないか十分に確認する。
承継開業は初期投資が安く、黒字化しやすい。
患者を引き継げることが最大の利点
承継する理由が多様化。
都心の医院の案件も多い
医院開業には、全て一から立ち上げる新規開業のほか、他の医院を引き継ぐ「承継開業」という選択肢もある。承継開業支援サイト「ヒキツグ」の運営を担当する山田真也氏は、承継のメリットについてこう話す。
「すでに設備が整っているため初期投資が安く、早い段階での黒字化が見込めます(下図)。何より前院長からの患者がついている点が非常に大きなメリットです」(山田氏、以下同)
新規開業で十分な患者数を確保するには、各種広告に費用と手間をかけて集患を図り、口コミが広がるまで1年半〜2年ほどかかる。承継の場合は、そうした労をあまりとらずに済む。また、有能なスタッフをそのまま引き継げることも利点だ。ここ数年、承継に関心を持つ医師が増えているという。
「当サイトの会員医師に、新規開業と承継開業の情報を送付すると、承継のほうに5倍ほど多く問い合わせがあります」
自院を第三者に承継したい開業医も増加している。その背景にあるのは、開業医の高齢化だ。厚生労働省の平成28年調査によると、診療所で働く医師の平均年齢は59・6歳。この6年間で平均年齢は1・3歳上昇しており、今後も上昇が見込まれる。 後継者不在の医院が増えており、当サイトに掲載したいといった医院からの毎月の相談件数も、前年比+80%の伸びとなっている、という。
「第三者に承継してでも地域医療を守りたい、という強い責任感のある医師からの相談がよくあります。これから開業を検討する医師は、近隣の医院が後継者不在に悩んでいないか、一度見渡してみるとよいのではないでしょうか」
もちろん、都心の医院が承継先を探している場合もある。そもそも医院の総数が多いため、必然的に承継案件も多くなっている。
「突然、親の介護が始まった、研究に専念するため大学に戻った、などという理由で、都心の医院を閉院する例もあります。承継の理由は多様化しています」
経営状況や患者層、
地域特性などを把握して判断
では、実際に承継するにはどうすべきか。
従来から、個人的な繋がりで承継をするケースはあったが、安全を重視するなら支援業者を利用するのがベター。個人間の契約は、あとになって“見えない負債”が発覚するなどのトラブルもあるからだ。
「例えば、未払いの家賃が帳簿に記載されていなかったり、スタッフの退職金を積み立てていなかったり、という話が実際にあります。そうしたことは、個人間の協議だけではなかなか見抜けないものです」
承継は、当然ながら経営状況を慎重に吟味して決めなくてはならない。売上や利益、負債などの経営データのうち、まず着目すべきは売上だ。
「もちろん、売上が伸びているほうが経営状態はいいわけです。しかし、下がっていたとしても経営不振とは限りません。例えば、院長が高齢のために診療時間を短くしていることがあります。そこは“売上の伸びしろ”で、承継したあとに通常の診療時間にすることで大きく挽回できる可能性があります」
ヒキツグには患者層や地域の人口動態の推移といったマーケットデータが掲載されているが、ここで注目すべきは、遠方から来ている患者の割合だという。
「どんなに優れた医師が引き継いでも、一般に約2割の患者は来院しなくなります。『この先生だから』と元の院長についていた患者が一定数いるからです。わざわざ遠方から来ている患者の割合は、そのバロメーターになります」
前院長へのリスペクトが、
円満な承継につながる
また、承継開業で失敗しないためには、いかに違和感なく前院長の診療を引き継ぐかがポイントだ。自分の目指す医療と親和性の高い医院を引き継がなくては、承継のメリットを十分に生かせなくなる。そこを見極めるには、医師同士でじっくり話し合うことが不可欠だという。
「理念や方針をはじめ、どういう患者を診て、どんな機器を使っているのか、スタッフにはどこまで業務を任せているかなど、細かなことまで医師同士で話すのです。この段階で詳細まで納得できれば、リスクをだいぶ払拭できます」
できるだけ患者に「前と変わった」という印象を抱かせないため、あえて「目新しいことをしない」という戦略が求められる場合も。医院名に前院長の名字が入っていてもそのままにする医師や、患者の名前を徹底的に暗記する医師もいる。
なお、承継を検討するにあたり、心に留めておきたいことがある。新規の開業物件と異なり、承継案件は“実在の医師が長年守ってきたもの”という事実だ。
「前院長にとっては、大切に育てた子どものようなものです。理念や医院内の人・モノを尊重し、理解する姿勢を大事にしてほしいと思います。承継が正式なものとなるまでの慎重な言動もしかりです」
前院長に対するリスペクトによって、承継はより円滑に進めることができるという。
- ◆ 損益分岐から見る新規開業と承継開業の比較イメージ
- ◆ 承継開業支援サイト「ヒキツグ」のコンテンツ(例)
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- 失敗しない! ためのポイント
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- 個人間の承継では、承継にあたってのリスクを見抜くことが難しい。
- 売上などのデータと面談を通じて総合的に判断する。
- 「前院長が大切に育てた医院」という認識を大切にする。