超高齢化社会がピークを迎える2025年まで、あと10年をきった。 国の医療政策は、医療費の抑制と効率化へと急速に変化している。 今年の医療界に、特に大きな影響を与えるであろうキーワードを探った。
2015年は地域医療の提供体制が、過去にないほど激変するかもしれない。昨年、可決された「医療・介護一括法」は、各医療機関に対して病床機能報告制度を義務づけた。病床機能の現状(人員配置、手術件数など)と、今後の方向性を都道府県に報告するのだ。ここでいう“方向性”とは6年後に目指す病床機能のことで、「高度急性期機能」「急性期機能」「回復期機能」「慢性期機能」の4区分から自主的に選ぶ。
都道府県は、医療機関からの報告に基づいて地域医療構想(ビジョン)を作り、提供体制を調整する。その結果、病院によっては方向性の変更を余儀なくされる可能性がある。国際医療福祉大学大学院教授の武藤正樹氏は、こう説明する。「病床機能報告制度の手術件数等は、レセプトや特定健診の情報が集積されたナショナルデータベースから自動的に集計されます。高度急性期を目指す病院であっても、他院とデータを比較すれば地域内でその役割が適切か否かが明らかになります」
地域医療ビジョンは、都道府県が一方的に決めるわけではない。医療機関を含めた「協議の場」で議論されるが、その場で合意された病床と異なる病床を増やそうとすれば、都道府県によるペナルティー的な対応が検討されている。病床機能分化と連携は、より進むと予想される。
むろん、こうした流れは以前から国を挙げて進められてきた。昨年の診療報酬改定では、7対1急性期病床を削減し、その受け皿として新設された「地域包括ケア病棟」への転換が促進された。「地域医療ビジョンと診療報酬改定は、2025年問題を乗り越えるための、車の両輪のようなもの。2025年に必要な高度急性期病床は18万床と言われています。現在の7対1病床が36万床ですから、およそ半分になるかもしれません」
また、昨年から始まった「新たな財政支援制度(基金)」は、国と地方を合わせて約904億円。使途は、地域包括ケアを担う医療機関等への支援や、在宅医療の充実などとされている。機能分化・連携を進める医療機関へのインセンティブだ。
こうした変化は、医師のキャリアにも影響を与える。急性期病院の絞り込みが進めば、おのずと急性期で働きたい医師のポストも限られてくる。勤務先の病院が急性期から地域包括ケア病棟に転換したとき、医師がモチベーションを維持できるかどうかは一つの課題とも言えるが、武藤氏は「時代の流れを前向きに受け取ったほうがいい。“地域包括医デビュー”を目指そう」と発破をかける。「一人の患者をトータルに診ていく医療は、極めて広範な知識と高度なコミュニケーション力が必要。地域包括医は時代のトップランナーです。高度専門医療を目指す医師の気持ちも分かりますが、これからの時代は65歳以上の高齢者が3700万人。カナダの人口より多くなるのです。誤嚥性肺炎や転倒による骨折など、治療だけでなくからケアが重要な疾患が激増します。爆発的に増える高齢者医療に応えるのは医師の使命ではないでしょうか」
本当の意味で地域包括ケアが広がるには、教育や研究面も変わる必要があるようだ。「現在の医学部教育では、地域包括ケアを十分に教えられていませんが、学生のうちから学ぶことができれば、医師の意識は大きく変わることでしょう。研究にしても、日本の在宅医療は世界に先駆けた研究フィールドです。大学でもバックアップすべきだと思います」
むろん、こうした流れは以前から国を挙げて進められてきた。昨年の診療報酬改定では、7対1急性期病床を削減し、その受け皿として新設された「地域包括ケア病棟」への転換が促進された。「地域医療ビジョンと診療報酬改定は、2025年問題を乗り越えるための、車の両輪のようなもの。2025年に必要な高度急性期病床は18万床と言われています。現在の7対1病床が36万床ですから、およそ半分になるかもしれません」
これからの医療界を大きく変えるキーワードとして、もう一つ、病院の統廃合についても知っておきたい。政府の「日本再興戦略 改定2014」では、医療機関の非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称)が検討されている。
「例えば、経営形態の異なる病院が、違いを乗り越えて地域限定の連合体を作るのです。10病院ほど集まると、売り上げ規模1000億~2000億円近い医療事業統合体ができます。そのスケールメリットを生かせば、医療人材の養成や新規技術の開発に資金投入することができます」
めまぐるしく変化する医療界。「医師であっても、マーケットを見ながらキャリア形成をする時代」(武藤氏)が到来したようだ。
「医療ビッグデータ」という言葉が、急速に広がり始めている。京都大学大学院教授の中山健夫氏によれば、世界的に見てビッグデータ関連の医学論文が明らかに増えてきたのは2011年だと言う。
ビッグデータ自体に明確な定義があるわけではないが、量の膨大さ、すなわちVolume(量)をはじめ、Variety(多様性)、Velocity(迅速性)、Veracity(正確性)という〝4V〟が要件とされている。
このうち、特にユニークなのは多様性だ。「DPC(診断群分類)のように構造化されたデータだけでなく、ネット上に散らばる文章や音声、動画などの多様なデータ(非構造データ)も含むビッグデータもあります」
非構造データを解析することで、思いがけない情報が得られることがある。米G o o g l e の「G o o g l e F l uTrends」は、03年~08年までの数千億件もの検索ログデータを解析し、インフルエンザの流行状況を予測。全米各地のインフルエンザ流行予測とほぼ完璧に一致した。
日本国内の事例では、厚労省と総務省が、12年からレセプトや特定健診等に基づくナショナルデータベースの研究使用を認めた。将来的に、臨床現場への応用も期待される。「例えば、いくつも併存症がある症例や希少疾患など、治療法の判断に迷うケースについて、データベースを検索すれば、ほかの医師がどのような治療をしているか。また、その結果がどうであったかが分かる時代が来るかもしれません。臨床感覚と統計結果が異なることもあるでしょう。自分の経験上、有効だと思っていた治療法が、実はそうではない、ということも見えてくる場合もあるでしょう」
仮に臨床実感と統計結果が異なる場合、どちらを優先すべきか。中山氏はこう語る。「臨床感覚だけでは、深刻なバイアスの落とし穴にはまってしまう。しかし、統計の結果だからといって、無批判に受け容れてもいけない」
一人の臨床医が診る患者はごく一部であるのに対し、統計は膨大な人数を対象にする。その分正確さが高そうだが、解析次第でミスリードされかねない。「例えば、降圧薬にカルシウム拮抗薬が使われ始めた時、その薬を飲んだ患者に心疾患が多く見られていました。表面的な相関だけでは、まるで薬が心疾患を誘発したようにも見えます。しかし、処方パターンをさらに解析すると、すでに心疾患を持つ患者に使用されることが多かった。データの利用には、思慮深さが欠かせません」
医療ビッグデータの活用には、情報セキュリティーなどの課題もあるが、今後、さらに普及する見込みだ。16年には社会保障・税の共通番号制度(マイナンバー)が開始する。さらに医療における共通番号利用のあり方も議論され始めている。医師のデータリテラシーが一層求められる時代が到来しそうだ。
専門医制度は今、大きく変貌しようとしている。旧来、各学会が独自に認定していた専門医制度は、質のばらつきが大きく、患者に分かりにくいとの指摘があった。そこで2014年に発足した日本専門医機構が専門医の認定・更新基準を標準化し、質が高く、患者に分かりやすい制度に再構築することになった。17年の開始を目指し準備を進めている。
当初、学会から独立した第三者機関として発足した同機構だが、実作業は学会の協力を抜きにできない。理事長の池田康夫氏は、「内科や外科、産婦人科など18の基本領域の学会とは連携して、新たな制度作りに取り組んでいます」と話す。
まず着手したのは、各科の専門医像の明確化だ。それにふさわしい認定・更新の基準を作ろうとしている。「現在の専門医制度は、学会に出席した点数のみで更新できるものもありました。“ペーパードライバー”のように、実際には診療に就いていない医師も更新できていたのです。新制度では、診療や研究の実績を重視した基準になる見込みです」
専門医取得の流れも変わる。現在は初期研修修了後、3~4年の後期研修を履修するが、統一されたプログラムはない。新制度では、誰のもとで指導をあおぎ、何を学ぶかを明確にしたプログラム制になる。その基準作りや認定も機構が担っている。「初期研修の1年目が終わったときにプログラムが提示されます。自分が学びたい基本領域を選び、研修施設にアプライする仕組みです」
複数施設で連携する研修プログラムも検討されている。「例えば大学病院が基幹施設になって地域の病院と『病院群』を作り、1年目は大学、2年目は他の病院といった具合に研修する仕組みです。大学医局と病院の系列化のようにならないように、慎重に検討しています」
もう一つの目玉は、総合診療専門医を19番目の基本領域に含めることだ。地域医療における初期対応や、複数疾患を持つ高齢者への対応ができる医師を大勢養成するためである。「プライマリケア連合学会をはじめ、内科、小児科、救急などが協力し、そして在宅にも取り組む多くの医師の協力を得て研修を進めるモデルプログラムを作っています」 将来的には基本領域の専門医取得後のサブスペシャリティ専門医制度についても、研修プログラムを標準化する方向だ。
「インターベンションや脳血管治療などは、技術認定医のような仕組みにする可能性もあります」 なお、新制度のプログラムでは、症例数に合わせて募集人数が決まる。仮に「都心の病院で皮膚科専門医を取得したい」と思っても定員があり、他の地域、診療科にシフトすることになる可能性もある。医師偏在解消にもつながるのはメリットだ。
また、新制度開始後、指導医も新しい専門医を取得した医師になる。移行期間中の指導医を誰が担うのかは目下、検討中である。「旧制度の学会認定専門医をそのまま新しい制度での専門医に移すことはありません。移行期間中は、ある程度併存することもやむを得ない」
新制度が始まれば、これまで以上に医師のキャリアパスを描きやすくなる。池田氏は「自分は医療の中でどういう役割を担うのかを明確にしておくことが求められます」と言う。
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