医師不足や経営難を理由に、統廃合に踏み切る病院が増えている。しかし、病院の機能性が向上する反面、患者が一極集中し、勤務医の過重労働に陥る場合がある。日本海総合病院(山形県酒田市)は、そうした問題を打破できた病院だ。市や地区医師会、消防との連携で、勤務医の負担軽減に成果を上げている。
院内に救急隊員が常駐するワークステーション
院内の一室にある酒田救急ワークステーションでは、救急隊員が3~4人常駐し、研修を受けている。1階エントランスには救急車が常に待機している。
「以前から当直は月2~3回で、回数は変わりませんが、負担感は減りました。一次救急から三次救急まですべて診ていたのを、重症患者に集中できるようになったからです」
救急科科長の緑川新一氏は語る。同院は、2008年に山形県立日本海病院と酒田市立酒田病院の統合によって誕生した。人口約30万人の庄内医療圏で唯一の三次救急病院である。休日は医師会が診療所を開設しているが、平日夜間は極めて救急体制が手薄だった。
「10年時点で、酒田市の救急搬送の85%が当院と、併設する酒田医療センター(旧・酒田病院)に集中していました。軽症者も多く、三次救急というより時間外外来のような状態でした」(緑川氏)
そこで、11年4月の救命救急センター開設と同時に、市や医師会と協力して平日夜間の救急体制が強化された。夜間外来の自己来院患者が増える19時~22時に医師会所属の開業医が救命救急センターに赴き、初期診療を受け持つのだ。この時間帯の5~6割の患者を開業医が診ている。人件費の一部は市の負担だ。もともと小児科の夜間外来に医師会所属の小児科医が応援に入っていた仕組みを、成人を診る医師にも拡大した格好である。
医師会副会長で、自身も応援に入っている、さとう内科クリニック院長の佐藤顕氏はこう振り返る。
「日本海総合病院の栗谷義樹院長は、当時、県医師会と地区医師会の副会長を兼務していました。県の勤務医過重労働問題の陣頭指揮を執られており、県医師会のアンケートで『勤務医が疲弊する最大の理由は平日夜間の対応』とわかったことから、現在の応援態勢を始めました」
開業医の応援は強制ではなく、挙手制で募った。何人集まるか未知数だったが、医師会の所属医師約90人のうち30人が申し出た。1人あたり月1回のペースで応援に入れば間に合う人数だ。
「いわゆる“コンビニ受診”を私たちが受け持つことで、日本海総合病院の医師は本来の業務に集中できます。一方で、開業医としても、日頃、患者を紹介するときにスムーズになるメリットもあります」(佐藤氏)
お互いにギブ&テイクの関係が成り立っていることも、連携がスムーズに回っている要素の一つだ。
課題としては、応援に入る医師の年齢層が50~70代と高いことが挙げられる。一朝一夕に解決できることではないが「電子カルテの操作に馴れない医師には医療クラークを付けてもらえます」(佐藤氏)と病院側が受け入れ体制を整備している。
もう1つ、消防との連携も、勤務医の負担軽減に大きく寄与している。都道府県ごとに策定する「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を厳格に適用し、救急搬送の一極集中を回避した。前述の通り、10年には救急搬送の85%が日本海総合病院に集中していたが、12年には64%にまで低減させている。
その背景にあるのが、11年4月に開設した「酒田救急ワークステーション」だ。病院内の一室に救急隊が常駐し、1階エントランスには救急車が常駐する。市立病院以外の病院では珍しい取り組みである。主な目的は救急隊員の研修や再教育だ。前出の緑川氏は次のように説明する。
「救急隊員の基本的な任務は、傷病者の搬送です。しかし、傷病者の重症度や緊急度をよく理解しなければ、搬送すべき医療機関を正しく判断できません。傷病者や家族が希望する病院に搬送して、適切な搬送ではなくなることもあり得ます。そのため、我々医療スタッフと一緒に診療しながら、医学的知識を身につける場として、ワークステーションが設けられました」
具体的な研修の流れはこうだ。
市の消防本部から出動命令がかかると、ワークステーションに常駐する救急隊員は救急車に乗って出動する。現場に着き、しかるべき医療機関に搬送する。もしも日本海総合病院に搬送すべきと判断されれば再び戻って来る。通常は、ここまでで任務終了だが、ワークステーションに常駐する救急隊員は、さらに検査や診療に立ち会い、救急現場での判断が正しかったかどうかを検証するのである。常時3~4人の救急隊員が常駐しており、すでに市内の全救急救命士が研修を受けている。
「救急隊員のスキルが向上したことで、医療機関の役割分担が明確になりました。救命救急センターや三次救急病院でしか対応できない重症患者は当院に搬送され、それ以外は地域の二次救急病院へ搬送される割合が増えています。当院が担うべき本来の役割に集中できています」
こう話す緑川氏の表情には、日々の充実ぶりが表れている。勤務医の負担を軽減し、地域医療を支えるために、病院・市・医師会・消防が一丸となることの重要性が伝わる。
「庄内医療圏は、互いに協力しなければ救急医療が崩壊します。地域内で『みんなでやろう!』という機運があること自体、意義があるのではないでしょうか」(緑川氏)
医師の負担軽減を成功させるには、複合的な取り組みが欠かせない。相澤病院(長野県松本市)は「医師および看護職の負担軽減検討委員会」を設置し、さまざまな医師負担軽減策を行っている。その1つが、労働時間の管理・改善だ。理事長の相澤孝夫氏はこう説明する。
「医師の短時間正規雇用を導入し、多様な働き方ができるようにしています。同制度を利用する医師は2011年度で5名でしたが、翌年には11名に増えました。また、医師の勤務時間をICカードで把握し、長時間連続労働の改善に努めています」
診療科の特性に合わせた対策にも余念がない。
「外科は、予定手術の前日には当直を組まないことにしています。産婦人科では、非常勤医師の雇用を促進し、休日日直や夜間当直の負担軽減を図っています」
世界初の縦型陽子線治療装置
陽子線治療が可能な病院は、14年3月時点で9カ所だったが、この秋から相澤病院でも開始予定。照射装置とサイクロトロンを垂直方向に設置した設備は世界初。
医師が抱える負担感は、長時間労働による肉体的負担ばかりではない。やりがいを感じにくい場合に生じる精神的負担も軽減しなければ、安心して働くことはできない。相澤病院では、医師のやりがいを高めるため、適正な人事考課と、経済的な待遇改善にも力を入れている。
「かつては年功序列人事制度でしたが、1997年以降は能力主義人事制度を導入し、医師の人事考課を行っています。SとA~Dの5段階評価で、ランクが高いほど賞与が上がります。評価基準は、担当する病棟の平均在院日数や病床稼働率など、数値化できるものにしています」
当初は、医師の給料が減ることを懸念する声も聞こえたが、結果は逆だった。
「導入時、病院全体で約18・5日だった平均在院日数を、17・5日まで下げられた医師は、評価をSにしました。ほとんどの医師がすぐにクリアし、賞与が上がりました」
ポイントは、相体考課ではなく、絶対考課であることだ。
「医師同士の比較により順位付けする相対考課は、モチベーションを下げる要因になります。成果をあげた医師であれば、一人ひとりを正しく評価することが重要です」
病院としては人件費が増える。だが、平均在院日数が短縮することで病床稼働率も高まるため、経営上の無理はないそうだ。
なお、今年5月からは陽子線治療センターの診療受付を始めた。世界トップレベルの装置を備え、腫瘍に対して正確に照射させる新技術「ペンシルビームスキャニング照射」を可能にする予定だ。地域において、がん放射線治療の中核病院となると見られている。
「先進医療に携わることができる環境は、医師のやりがいにつながります。専門知識を備えた看護師を配置し、スムーズな治療を目指します」
こうした取り組みの成果は、医師数に表れている。相澤病院の常勤医は144人(13年)から152人(14年4月)に増加した。医師の負担軽減と、やりがいの向上は、車の両輪のようであるとうかがえる。
2008年の診療報酬改定で医師事務作業補助体制加算が認められて以降、医師事務作業補助者を配置する病院は右肩上がりに増加した。12年時点で約2000病院にのぼる。
金沢脳神経外科病院(石川県野々市)には、13人の医師事務作業補助者が在籍する。医師1人に2人の割合の手厚い配置だ。09年に同院初の医師事務作業補助者として入職した矢口智子氏は「1人が体調不良などで休んでも、医師に迷惑がかからない体制です」と話す。
矢口氏が担う業務は、診断書などの文書作成補助、診療記録への代行入力、診療に関するデータ整理など多岐にわたる。これらは、診療報酬の算定基準として定められている。医師からはよく「精神的に楽になった」と言われるそうだ。
「先生方は楽をしたいわけではなく、もっと患者を診たい、手術をしたいという思いを持っています。医師が書類関係に時間を取られるのはもったいないと思います」
厚生労働省の調査(13年)で「今後、勤務医の負担軽減のため必要と考える対策として増員が必要な職種」を尋ねた結果、「医師」に次いで多いのが「医師事務作業補助者」だった(グラフ参照)。診療以外の事務作業が、医師にとって大きな負担となることは明らかである。
矢口氏は、自院で実務に当たる傍ら、日本医師事務作業補助研究会の理事長も務める。全国の医師事務作業補助者と情報交換する中で、医師の負担を軽減するための課題が見えてきたと言う。
「まずは、医師の求めていることを即座に理解するコミュニケーションスキルが欠かせません。それには、医師事務作業補助者も医学的知識を身につける必要があります。当研究会では、医師に参加していただき、疾患に関する講義を開いています」
金沢脳神経外科病院の佐藤秀次院長は、同研究会の顧問として協力している。また、全国6つの支部でも内科医による糖尿病の講義、病理医によるがんの講義などが開かれた。
「先生方が安心して仕事を任せられるように、私たちもスキルアップに努めています」
ただ、病院運営上の課題も横たわる。12年に同研究会が実施した全国調査によると、正職員として雇用されている医師事務作業補助者は約3割にとどまった。残りはパートや派遣などの非正規職員である。
「病院によっては3年契約で、せっかく医師が育てた頃に退職せざるを得ないケースもあります」
医師の負担軽減を本気で実現するには、医師事務作業補助者の安定育成も重要なテーマと言えそうだ。
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