病院に勤務し続けるか、開業するかは、医師のキャリアにおける2大路線といえる。しかし、最近になって“第3の道”が注目されつつある。クリニックの勤務医という働き方だ。
クリニックには、医師が1人で施設も1つの個人型と、勤務医を雇用し、複数の施設を運営する多施設展開型がある。従来、クリニックといえば、前者が当たり前だったが、この数年は多施設展開型クリニックも珍しくなくなった。
多施設展開型は、外来機能に加えて訪問診療を行っているケースが目立つ。その背景にあるのは、やはり高齢化社会だ。国の方針として24時間対応の在宅医療が推進され、複数の医師が協力して訪問診療を行う必要性が増した。結果、多施設展開型で訪問診療にも対応したクリニックが存在感を高めているのである。
また、都市部を中心にクリニックは飽和状態になりつつある。競争が激化し、個人開業の経営的リスクは高まっている。銀行から融資を受けるのも、かつてほどスムーズではなく、集患も難しくなった。多施設展開クリニックへの勤務であれば、リスクを回避しながら〝開業医〟のように診療を行うことができる。まさに、時代に即した新しいキャリアといえるのだ。
病院勤務医と開業医の最大の違いは、経営に携わるか否かだ。診療に加えて、資金調達や会計、税務、スタッフの労務管理に集患など、必要とされるスキルは幅広い。
独立開業する場合、これらを一気に身につける必要がある。しかし、長年、診療に専念してきた医師にとってはほとんどが未経験のことで、身につけにくく、参入障壁になりやすい。
それに対し、多施設展開クリニック勤務なら、働きながら経営ノウハウを学ぶことができる。病院に比べて、事務部門との距離が近く、会計や税務の流れを間近で感じることもできる。知りたいことがあればすぐに尋ねることも可能だ。また、スタッフの人数も少ないため、労務管理として何が必要かを把握しやすいともいえる。
もう1つ、病院勤務医と開業医の大きな違いには、診療スタイルのあり方があげられる。病院では専門特化した診療を行うのに対し、クリニックでは総合診療が中心となる。地域医療の担い手として位置づけられるため、患者や家族とのコミュニケーションは、よりいっそう密になる。訪問診療を行う場合は、特にその傾向が強い。
もともと一般内科医であれば、さほどギャップは感じないかもしれない。だが、外科系や、専門性の高い内科系に携わっていた医師にとっては、意識の切り替えが難しい場合もあるといわれる。
多施設展開クリニックでは、ほかの医師の診療を見ながら、開業医としての診療スタイルを身につけることができる。病院とも、個人型クリニックとも異なった“学びの場”なのである。
開業医の世界では「開業前は資金調達で苦労し、開業後はマネジメントで苦労する」といわれる。クリニックが軌道に乗ったとしても、忙しくてスタッフの労務管理まで手が回らないことが多いのだ。院長が気づかないうちにスタッフが疲れ、院内のムードに陰りが出ることは少なくない。労務管理に長けたスタッフをおくか、社会保険労務士と契約するといった方法を検討することが多い。
開業前に関しては、悪質な業者に惑わされないことが大切だ。医療機器を導入する際、「1000万円の機器を700万円で売ります」といわれて契約するも、実は業界内相場は200万だったという話は、残念ながらまれではない。
また、近年は疾患の知識が豊富な患者が増えている。医療に対する期待度が上がり、治療に関する注文やクレームを受ける場面もある。医局に守ってもらえる勤務医とは異なり、開業医は、そうしたトラブルと直接対峙することになる。診療に関することだけでなく、幅広い見識を持つことが極めて重要だ。
めぐみ会は、東京・多摩地区をはじめ、都内9カ所に総合型クリニックを展開。各クリニックには各診療科の専門医が在籍し、幅広い診療体制を整えている。地域に根ざした診療を基本とし、多くのクリニックが土日・祝日も開院している。
経営母体の規模や方針にもよるが、多施設展開クリニックでは、一勤務医として働くパターンと、雇用された状態のままで院長職となるパターンの2つがある。まずは勤務医としての経験を積んだ上で、院長に就任することが多い。その後、独立開業する道もある。
東京都内に9つの総合型クリニックを展開する医療法人社団めぐみ会は、その一例だ。理事長の田村豊氏は次のように語る。
「現在100人ほどの医師が在籍していますが、入職した時点では半数以上が、いずれ開業する意向を持っていました。実際、ここで経営のノウハウを身につけて開業し、成功している医師もいます。ある医師は6年間の勤務を経て、出身地の名古屋市で開業しました」
クリニック受難の時代といわれる現在も、めぐみ会出身の医師の開業がうまくいくのは、上手な患者対応法を学べるからだ。田村氏によると、開業医になるには「診療スタイルの切り替えが不可欠」だという。
「病院勤務医は、大勢の患者を効率よく診療することが重要です。初診の段階である程度の検査を行い、3カ月分の薬をまとめて出すこともあるでしょう。クリニックは逆です。初診で検査をしすぎず、薬も数日分ずつ処方します。まめに来院してもらってきめ細かな診察をし、患者との信頼関係を築いていくのです」
医学的な手技や知識もさることながら、患者とのコミュニケーション能力を磨くことも、開業医としての成功に欠かせない。
「外来にしても、訪問診療にしても、“頼れるかかりつけ医”としての信頼を得るには、15~20分の診療時間で適切な診療をしつつ、一歩、踏み込んだ会話が大切です。例えば『お嬢さんの就職はどうなりましたか?』など、家族をも気にかけた言葉がけをするのです。そうしたコミュニケーション能力は、日々の診療の中で自然と身につきます」
多施設展開クリニックがユニークなのは、医師の開業支援を行うケースもあることだ。めぐみ会の場合は、集患が望める立地探しから、融資を受ける銀行、提携する薬局の選定、地区医師会への挨拶まで手厚い。
ただ、めぐみ会では当初は開業志向を持って入職した医師も、そのまま勤務医または院長職として在籍し続ける割合が高い。多施設展開クリニックならではの魅力があるからだ。
「めぐみ会では、1つのクリニックに複数の診療科を設けています。自分の専門性を発揮でき、仮に専門外の患者が来たときはほかの医師に相談できます。複数の医師が在籍しますから、交替で休暇を取りやすく、時短勤務も可能です」
実際は、めぐみ会ほど多くの診療科を揃えるクリニックは少ないが、複数の医師が在籍することに変わりはない。つまり、多施設展開クリニックでは病院勤務医のメリットを残しながら、〝開業医〟のようになれるのだ。新しいキャリアとして、注目する医師が多い理由がここにある。
多施設展開クリニックは、病院と個人型クリニックとの中間的な位置づけにある。ただ、比較的、新しい働き方だけに、その内実はあまり知られていない。実際の現場では、どのような勤務体系になっているのか。ほかの医療機関と比較した時のメリット・デメリットは何か。めぐみ会に在籍する2人の医師が語る。
【丹沢】病床の有無による違いは大きいですね。在宅のオンコールだけで、当直がないですから。症例は診療科によりますが、糖尿病や消化器疾患の場合は、病院とさほど変わりません。私の専門の循環器疾患の患者は、病院のほうが多いかもしれません。
【車川】私は呼吸器内科が専門ですが、わりと難しい症例の患者も来院します。中規模病院の外来のようなイメージですね。複数疾患を持った患者も多く、幅広い診療ができることにやりがいを感じます。
【丹沢】病院と違って「自分は循環器しか診ない」というわけにはいきません。ただ、さまざまな専門医がいますから、何か分からない時は、すぐに相談できる安心感があります。
【車川】めぐみ会は、多施設展開クリニックの中でも特に多くの診療科がありますからね。でも、病院のように縦割りにはなっていません。担当患者は決まっているものの、それぞれの医師の専門知識を分かち合いながら診療しています。
【車川】検査設備が整っていることが、強みです。一般的なクリニックでは、例えばCTの撮影や読影は外の病院などに依頼しなければなりません。しかし、資金力のある多施設展開クリニックは自前でCTを持っていますし、読影医もいます。院内で検査から診断、治療と完結できることは、大きなメリットでしょう。
【丹沢】同感です。循環器領域でいえば、心エコーやホルター心電図、血圧脈波検査装置などが揃っています。心エコーのできる技師がいますから、検査はとてもスムーズです。スピード感を持って診療できる点が、非常に心地よく感じています。
【車川】検査設備が十分でなければ、どうしても医師は自力でできる範囲で頑張ろうとしがちです。すぐに検査をすべきところを、薬の処方でしばらく様子を見ようという発想に陥るのです。それで何事もなければいいのですが、疾患の発見が遅れる可能性がゼロではありません。
【丹沢】また、医師が1人では長期休暇を取るのも難しいと聞きます。多施設展開クリニックは、ほかの医師と交替しながら休めるので、育児中の医師にも対応できます。無理のない勤務が続けられるも、メリットの1つですね。
【丹沢】その医師個人の意識によると思います。多施設展開クリニックでは、院長であっても、経営業務に手を煩わされることはありません。基本的に、資金繰りや労務管理などは、法人の本部で行うからです。しかし、経営を学びたいと思えば、医事課や経営陣にコンタクトを取ればいい。病院より医事課との距離が近く、気軽に質問できるはずです。
【車川】そうですね。スタッフの労務管理も、その気になれば学ぶことができます。病院勤務医だった頃は、受付スタッフと話す機会がありませんでしたが、今は違います。受付で起きていることも含め、クリニック全体を見渡すことができます。
【丹沢】例えば、めぐみ会では、毎月、保険診療委員会の会議があります。そこで診療報酬の点数やレセプトの書き方を学べば、経営面での知識も身につくことでしょう。
【車川】「あの診療のレセプトの書き方では、実は保険請求ができなかったんだ」と気づく機会があるのは、貴重ですよね。自分自身で経営的なリスクを負うことなく、開業医としての勉強ができるのが、多施設展開クリニックの特長だと思います。
【丹沢】ほかの医師の患者を診るときに、「今日をしのげばいい」という考えが出ないとは限らないことでしょうか。例えば、発熱を訴える患者が来院し、最初に診た医師が10日分の薬を処方して経過観察にしたとします。再び来院した時、たまたま診療した別の医師が同じような処方をすれば、疾患を見逃しかねません。そうした可能性があることを心に留めて診療にあたることが大切です。
【車川】わかります。ただ、現場を見ていると「ほかの医師に失礼があってはいけない」という意識から、より慎重になる面もあるようです。誰の患者でも最善を尽くすことは、病院や個人型クリニックと同じです。
【丹沢】クリニックでありながら、大勢の専門医がいるメリットを、もっと生かしたいですね。私は、医師として充足を感じるには5本の柱があると思っています。収入、やりがい、プライベート、学会活動、そして研究です。お互いに刺激し合いながら、やりがいを高めるクリニックにすることが課題です。
【車川】私も今以上に法人内の医師と交流し、知識やスキルを広げていきたいと思います。それにより、地域の患者さんに今以上に信頼される医師になれればいいですね。
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