全国的な医師不足は今なお解消できていない。厚生労働省の調査によると、人口10万対医師数は西高東低の傾向があり、東北地方や都市部から離れた地域での不足が目立つ。ちなみにもっとも少ないのは埼玉県、茨城県、千葉県の順で、首都圏周辺部でも不足していることがわかる。
このような状況のなか、地方では報酬はより高い傾向。リクルートドクターズキャリアに寄せられた求人の年収は、東京がほぼ平均、その他の大都市圏は平均以下だったのに対し、高い順に栃木県(1409万円)、青森県(1394万円)、愛媛県(1380万円)という具合だ。
また、医師招聘に熱心な地域では、待遇改善にも力を入れている。当直の免除や時短勤務など、医師のライフスタイルに合わせて勤務条件を調整する病院は決して珍しくない。
さらに、スキル面での支援策もある。地域医療はプライマリケアが中心で高度な専門性を問われることは多くないが、スキルアップのための研修プログラムを用意する地方自治体もある。転内科医はもちろん、他科の医師であっても、技術的に困ることは少ない。
つまり、UIターンによる転職は、医師としてのやりがいと待遇面での納得感の両方を得やすいと捉えることができるのだ。実際にUIターンをした医師の年齢や診療科、目的はさまざまである。
従来、医師が不足している地域での勤務=「ひたすら激務で過酷」といったイメージもあったが、状況は少しずつ変わっていると言えそうだ。
ここでは、“UIターン医師”の招聘に熱心な都道府県のうち、特徴的な例を紹介する。
島根県では、2002年に「赤ひげバンク」を開設。登録者には、県内の病院への就職をあっせんするほか、現地の医療視察ツアーの案内、県内の医療情報を盛り込んだ機関紙の送付などを行っている。
赤ひげバンクの登録医師は約400人。これまでの赴任実績は、累計116人にのぼる(14年4月1日時点)。これほど高い実績をあげた要因は、県の“本気度”だ。
医師確保対策室の担当者は「赤ひげバンクに医師の登録があると、なるべく早く出向いて面談します。島根県で働くイメージをつかんでいただき、具体的な勤務先候補が決まれば、視察ツアーを計画します。ツアーの費用は県が負担します」と言う。また、研修サポートも含め、赴任後のバックアップにも力を入れている。
新潟県では、12年に「ドクターバンク」を開設した。UIターンを希望する医師の意向を県の職員がヒアリングし、病院を紹介する。これまで、首都圏からIターンした40~50代の医師がいるという。
医師・看護職員確保対策課の担当者は「新潟県は交通の便がよく、首都圏にも関西にも便利な地域です。また、医師をとても大切にする地域性があり、安心して働くことができます」と話す。
千葉県のドクターバンクも盛況だ。常時500~600件の求人があり、求職中の医師が20~30人ほど登録している。これまで50代の医師がUターンしたケースがある。
同県では、ベテラン層の医師を対象とした「シルバードクターバンク」を13年に開設した。窓口を担うNPO法人千葉医師研修支援ネットワーク事務局の事務局長は「多くは、高齢者施設などで健診をする仕事です。週1日から勤務できる求人もあります」と言う。自分のペースで仕事をしたい医師に適している。
若手医師の招聘に成果を上げているのは香川県だ。10年に「医師育成キャリア支援プログラム」を開始し、本年度は32人の医師が参加。県医務国保課によると、「県外で初期研修を受けUターンした医師が、専門医の取得を目指して参加する例がある」。
同プログラムは、専門研修コースと総合医研修コースに分かれ、県内の中核病院をまわりながら学ぶ方式だ。いずれも研修期間は4~8年と中長期にわたり、県からの奨励金(3年を上限に年間60万円)が支給される。修了後の県内就職は義務ではないが、すでに県内の病院で活躍している医師がいるそうだ。
(医師無料職業紹介所)の概要(求職・求人登録から雇用契約の成立まで)
地元への貢献、昔からの夢、子育てとの両立…
UIターンの道を選び充実した日々を送る3人を取材。
22年ぶりに故郷へUターン。東京の医療を福島に紹介したかった
Uターン後、趣味に使える時間が増えた。最近はクリニックのスタッフと共にトライアスロンに励んでいる(1列目中央)。
東京都内の病院に勤務していた金子大成氏が、福島県・新白河にUターンしたのは1991年。「長男ですので、いずれは戻って地元に貢献するつもりでした」と振り返る。
Uターン後、ほどなくして「かねこクリニック」を開業。老人保健施設や訪問看護ステーションなど8施設を含む医療法人社団博英会へと成長させた。長く故郷を離れていても、地域のニーズに合った医療を提供することで、住民の信頼を集めてきた。
「元々脳外科専門医でしたが、プライマリケアに携わるにあたって整形外科の専門医も取得しました。脳外科、整形外科の両方を標榜し、リハビリテーションを充実させています。また開業時からCTを、5年後にMRIを導入。東京の利便性のいい医療を福島に紹介したかったのです」
Uターン後の収入は倍増。子どもの教育は家族の協力で乗り越えた。
「3人の子どもは全員が医師になりました。大学入学まで妻子は神奈川県に住み、内科医の妻は平日に週2回往復して診療を手伝ってくれ、その間は妻の父母が子ども達の面倒を見てくれました。新幹線を使って2時間の距離だからできたことです」
現在は妻と共にクリニックで診療し、公私ともに充実した毎日だ。
勤務地 | 東京都大田区→福島県西白河郡西郷村 |
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病院タイプ | 一般病院→クリニック |
診療科目 | 脳外科、整形外科→脳外科、整形外科 |
家族 | 子どもの大学入学まで、妻子は神奈川県に居住 |
地元に戻り実家の近くに住んで仕事と育児の両立を実現
「現在の病院に勤務してからは、周囲の状況が180度変わりました」
こう話すA医師の声は明るい。以前は東京都内の大学病院勤務だったが、出産後、自分が医師としてスキルアップできると考える分野の仕事を任せてもらえなくなったという。「育児中の女性医師が多かったせいか、『ママさんたちは』とひとくくりにされる雰囲気もありました」
夫も医師のため、帰宅は遅い。就学前の2人の子どもが保育園で夕飯をとらざるを得ない日は、A医師 の胸を締め付けた。実家の手助けがあっても、両立は容易ではなかった。
そして東日本大震災。病院の患者対応に追われて保育園へ預けていた子どもを迎えに行けず、医師と親の両立の難しさを痛感した。
「この生活がずっと続くと思うと、仕事に充実感を得にくかったです」
それが、今年4月にUターンし、現在の病院に勤務してからというもの、悩みは一気に解消された。
「病棟も外来も持てますし、子どもが小さいうちは1日2時間の『育児時間』を取得できる制度があります。定時は17時15分までですが、今は15時15分に業務を終えられます。仕事は充実しており、子どもと過ごす時間も増えました」
収入面でも納得できている。育児を理由にほぼ半減していた報酬が、現在は勤務医の平均にまで戻った。
今後のUターンを検討している医師に向けて、こうアドバイスする。
「遠方の病院への転職は、知人のつてを頼った詳細な情報収集ができず、不安でした。しかし、医師紹介会社を利用したことで、希望を満たす病院が見つかりました。Uターンを成功させるには、効率的な情報収集がポイントになると思います」
無医村になりかけた地域に赴任。夢だった「全人的な医療」を実践
Iターンによって、学生の頃からの夢をかなえた医師がいる。2007年4月、和歌山県白浜町の川添診療所に赴任した、中川武正氏だ。
「学生の頃にシュバイツァーの『水と原生林のはざまで』を読み、ゆくゆくはへき地医療に貢献したいと思い描いていました。60歳になったことを区切りに、知人の医師の紹介でここへ来ました」
川添診療所のある川添地区は、白浜町の中でも医師不足が深刻だ。長年にわたって自治医科大学の卒業生が交替で赴任し、なんとか医療を守っていた。ところが、07年3月に派遣が終了し、無医村となる危機にひんしていた。
06年夏、下見で訪れた中川氏は「子どもも高齢者も住んでいる地域で医療を絶やすわけにはいきません」と、Iターンを決断した。
中川氏は、もともと呼吸器疾患やアレルギーの専門医で、大学病院に勤務してきた。川添診療所への赴任後、収入はあまり変わらないが、診療内容は一変した。
「患者は高齢者が中心で、生活習慣病や腰痛などが多いですね。ほとんどが慢性疾患ということもあって、病気だけでなく、患者の家族構成や生活背景をも理解しながら頭の先からつま先まで全身を診る。まさに全人的な医療が求められる場です。私は、これが医療の原点だと思うのです。アレルギーの専門医療とは別の喜びを感じます」
患者数は1日20人ほど。中川氏は「一人ひとりにじっくり時間をかけられるのも、へき地医療の魅力です」と穏やかに語る。医師としての夢を実現した充足感が伝わってくる。
若手・中堅医師へのアドバイスを求めると、こんな答えが返ってきた。
「私は60歳でIターンをしましたが、年齢は関係ありません。30代、40代でもへき地医療に情熱があるなら、1つの選択肢として検討してもよいでしょう。ただ、へき地医療にはやりがいがある一方で、自身の子どもの教育面では難しさが否めません。メリット・デメリットをよく考え、自分の気持ちに素直になって将来を決めて欲しいですね」
勤務地 | 神奈川県川崎市→和歌山県西牟婁郡白浜町 |
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病院タイプ | 大学病院→クリニック |
診療科目 | 呼吸器科→内科 |
家族 | 妻と共に転居 |
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