新春特別企画〜2040年に向けて〜2020年からの医療界展望

日本の高齢者数は2025年まで急増し、その後も緩やかに増加を続けて2040年頃にピークを迎える。
これに伴い、医療費、介護費はGDPの上昇率を超えて増加していくとの見通しが出されている(下図)。
一方で、2025年以降、20〜64歳の現役世代は急減していき、深刻な働き手不足などが予想される。
このようななか、持続可能な社会保障体制構築のために今後取り組まれていくのが、まずは従来から引き続く給付と負担の見直し。加えて、“誰もがより長く健康に活躍できる社会の実現”に向けた、「健康寿命の延伸」や「医療・福祉サービス改革」だ(下図)。人口減少のなかでは医療のグローバル化も今までとは違う意味を持つ。
かつてない変革のなかで、医師の働き方やキャリア形成はどう変わっていくのか。各界の第一人者に話を聞いた。

社会保障給付費の見通し
出典:第28回社会保障審議会・資料2「今後の社会保障改革についてー 2040年を見据えて ー」(平成31年2月1日)
2040年を展望し、誰もがより長く元気に活躍できる社会の実現を目指すために
出典:上図と同様
  • 地域医療体制

働き手・支え手の急激な減少という新たな局面を
地域医療提供体制の抜本的な改革で乗り切る

一般社団法人 日本病院会
会長
相澤孝夫
1973年東京慈恵会医科大学卒、信州大学医学部附属病院勤務(内科学第二講座)。81年特定医療法人慈泉会相澤病院副院長、94年社会医療法人財団慈泉会理事長・相澤病院院長、2008年社会医療法人財団慈泉会理事長・相澤病院院長を経て、17年より同財団理事長兼相澤病院最高経営責任者を務める。17年5月に日本病院会会長に就任し、現在2期目。つねに時代の流れを読みつつ、わが国の医療のあり方、病院が目指す方向について発信を続ける。

相澤孝夫氏 写真

社会保障制度を守るために
提供体制を根本的に見直す

高齢者数がピークに達する2040年に向け、わが国の社会保障にはどのような変革が求められているのだろう。日本病院会会長の相澤孝夫氏は、「25年から40年にかけては、高齢者の増加が緩やかになる一方で働く世代の人口が急激に減少する。これまでのように65歳以上を“支えられる側”と考えていたのでは、社会保障も経済も立ち行かなくなる」と新たな課題を総括する。政府も、働く人を増やす策や健康寿命の延伸、医療・福祉サービス改革を政策課題に掲げ、社会保障の持続可能性の確保に動いている。ただし、従来どおりのやり方では、40年には医療・福祉分野だけで今より200万人程度の増員が必要になってしまう。

「今よりも少ない人員で、質を落とすことなく医療・介護サービスを提供するには、体制そのものを変える必要があります」(相澤氏)

ロボットやAI、ICT等の実用化やタスクシフティング等の推進はいずれも“生産性の向上”を目指す取り組みだ。相澤氏は「長時間労働削減の議論に終始している“医師の働き方改革”についても、本来の目的に沿って皆が知恵を絞るべき時にきている」と苦言を呈す(図表1)。

国が示す“青写真”をもとに
地域の“将来像”を具現化する

地域の医療提供体制はどうあるべきなのか。

「高齢者の増加で増大する医療需要に応えるため、医療機関をどう配置し、どのような機能を持たせたらよいのか。退院後も適切な医学的管理を受けながら地域で安心して暮らすためには、どのようなしくみが必要なのか――本来これらは地域医療構想で話し合われるべき内容ですが、残念ながら多くが“数合わせ”に終始し、その議論には及んでいません。

まずは国が、どのような医療提供体制を敷けば住民が安心して暮らせるのか、具体性のある“青写真”を示すべきです。それを基に、地域ごとの人口構成や患者像などのデータと照らし合わせながら、対応策を話し合うのが地域医療構想調整会議の役割です」(相澤氏、図表2

人口3〜5万の地域に150床程度のケアミックス型の病院を配置し、人口50〜60万の地域に500床規模の高度急性期病院を2カ所配置する――これが相澤氏の考える一般的な“将来像”だ(図表3)。既存の二次医療圏の括りがその基準に合わなければ、自治体を超えた話し合いも必要になる。相澤氏は「基本的な住民サービスを効率的に提供する目的を持ったコンパクトシティの考え方とも合致する」と説明する。

住民の安心・安全な暮らしを
支える医療の担い手になる

後期高齢者は35年まで、85歳以上に限ると40年くらいまで人口は増え続ける。複数の疾患や健康上の問題を抱える高齢者の特性・特徴を踏まえた医療の提供、さらには“医療・介護総合提供”が求められる一方で、高度で専門的な治療技術を提供する施設は集約化されてくる。病院は、高度で専門的な医療を提供する“広域型医療施設”でい続けるのか、地域密着の一般的な傷病を扱う“近隣型医療施設”にシフトするのか、その決断が迫られている。

「民間の医療法人は生き残りをかけ、地域の需要を汲み取り徐々に変わりつつあります。公的・公立病院についても時流に沿った再編が不可欠となります」(相澤氏)

病院が変われば当然、医師に求められるものも変わってくる。高度な専門技術を持った医師の少数精鋭化が進む一方で、高齢者に多い傷病、あるいは複数の疾患を併せ持つ患者を総合的に診ることのできる医師が必要になる。日本病院会の『病院総合医』育成事業は、そのニーズに応えるべく18年4月にスタート。19年5月に49名の認定医を輩出している。相澤氏は、「絶対数は足りず、ぜひとも卒後6年以上の臨床経験豊富な医師に取得してもらい、地域に密着した病院医療を担っていただきたい」と期待すると同時に、「そうした人材を適正に評価するしくみを確立し、やりがいを持って働ける環境を整えることで、認定制度の普及・定着に努めたい」とする。

「すべての施設、すべての医師が “医療の根幹とは何か”に立ち返り、社会構造の劇的な変化をわが事として捉え、“住民が安心して暮らせる医療・介護提供体制をいかに構築するか”に向き合っていかなければなりません」(相澤氏)

図表1● 2040年頃を展望した社会保障改革の新たな局面と課題
出典:第28回社会保障審議会・資料2「今後の社会保障改革についてー 2040年を見据えて ー」(平成31年2月1日)
図表2● 2040年を展望した医療提供体制の改革について(イメージ)
出典:第66回社会保障審議会医療部会 資料1-1「医療提供体制の改革について」(平成31年4月24日)
図表3● 地域における医療体制の考え方
出典:相澤孝夫氏提供資料
  • 健康寿命の延伸

目標は2040年までに健康寿命の
3年以上延伸。実現には医師の
「地域の一員」という意識が不可欠

東北大学大学院 医学系研究科
教授
辻 一郎
1983年東北大学医学部卒業。東北大学医学部リハビリテーション医学研究施設助手、リハビリテーション専門医を経て、1989年に東北大学医学部公衆衛生学・助手。米国ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生学部疫学科留学後、2002年より現職。東北メディカル・メガバンク機構予防医学・疫学部門長。厚生労働省厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会長、経済産業省次世代ヘルスケア産業協議会委員などを務める。「健康日本21(第二次)」の策定委員長を務めた。

辻 一郎氏 写真

社会参加も指標に加えた
健康寿命を改めて定義

2040年に向けた「健康寿命の延伸」の取り組みは、国民の健康増進や持続可能な社会保障制度への寄与に加え、医療の担い手の急減という重要課題への対応も視野に入れる。

厚生労働省は「2040年までに男女とも3年以上の延伸を目指す」としたが、現役世代の急減も踏まえ、健康寿命の延伸を「高齢者をはじめとして多様な就労・社会参加を促進し、社会全体の活力を維持していく基盤」と位置づけている。

同省の「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」に設置された「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」の座長を務めた辻一郎氏は、こうした健康寿命の定義として『国民生活基礎調査』にもとづく「日常生活に制限のない期間の平均」を用い、日常生活動作への評価に加え、社会生活への参加も考慮することが必要と説明する(図表1)。

「健康寿命の延伸を社会の活力の基盤とするには、仕事・家事・学業といった社会的役割を果たせているか、外出・運動等で日常的に社会と接点があるかなど、日常生活動作の自立以外に、社会生活を営む機能の維持も非常に重要になってきます」

高齢者に限らず、そうした機能に支障がある人を支援して社会参加を促し、2040年に向けて日本社会の活性化を図りたい、と辻氏。

「宮城県大崎市の市民健康調査では、社会活動などを定期的に行う人は、新規要介護認定の基準を大きく下回るという結果が出ています(図表2)。そうしたなか、医師には今後、心身の健康に限定せず、患者と周囲の人や社会との関わりにまで視野を広げて、その人に必要な支援を考えることが求められていくでしょう」

なお同調査は3年に1度の実施となるため、補完的指標に日常生活動作が自立している期間(要介護2以上になるまで)も用いられる。

欧米は認知症の発症率低下
日本では現状把握が先決

高齢者などの社会参加を前提とした健康寿命の延伸では、認知症への対処も大きな課題だ。「認知症施策推進大綱」の議論中、有病率に関する数値目標が一人歩きしてしまったが、すでに欧米では認知症の発症率は低下し始めており、発症年齢も遅くなる傾向にあると辻氏は言う。

「アメリカのフラミンガム町を対象に1948年から続くコホート研究(フラミンガム研究)によると、1980年頃に100人当たり3・6%だった認知症の発症率は、2010年頃には2%にまで低下(図表3)。また約40年前に80・0歳だった平均発症年齢も、10数年前には86・38歳と6歳以上遅くなりました」

その理由として教育水準の向上、禁煙率の低下、適切な血圧管理等による健康の維持などが考えられると辻氏。一方、日本では依然として増加傾向にあると見られるものの、実際には正確な統計がなく、現状把握すら難しい状況が続いている。

「介護保険の認定条件にある『認知症高齢者の日常生活自立度』などを用いて早急に現状を把握し、医療面でも発症率の低下、発症年齢の遅延に努めることが急務といえます」

地域と協力して患者を支援
医師の役割は広がる

高齢者の健康に大きく関わるのが疾病予防・重症化予防、そしてフレイルの問題だ(図表4)。2020年度から後期高齢者向けの健診にフレイルの状態を確認する質問票が導入される。辻氏はこれを「一歩前進だが、健診の受診者が後期高齢者の約25%に過ぎない現状は問題」と言う。

「早く残りの75%にもアプローチすべきで、私は地域のかかりつけ医と協力してフレイル健診の拡充を図るべきと考えています。例えばここ半年でフレイル健診を受けていない患者には、待ち時間などに質問票に答えてもらう。そうした取組で後期高齢者全体の95%はフレイルかどうか定期的に確認できるはずです」

残りの5%は自治体が自宅を訪ねるなどでフォローし、孤立しがちな高齢者を取り残さない社会づくりを推進することが、健康寿命の延伸につながると辻氏は言う。

「これまで健康とは、医学上の病気がない状態、治療で症状が緩和されて病気とは見なされない状態を指していました。しかし健康寿命の再定義により、今後は社会生活への参加という視点も必要になっています」

これからの医師には、病気の予防・治療はもちろん、患者が社会参加できるよう連携を図る、ポジティブな気持ちを維持するサポートをするなど、医療と社会をつなぐ領域でも力を発揮することが期待されるだろう。

「2040年に向けて医師がカバーする範囲は診察室から地域へ、高齢者に限らず、病気や障害とともに社会で暮らす人々の支援へと広がるでしょう。そうした医師の活躍が健康寿命の延伸を実現するのです」

図表1● 「健康寿命」とは何か?
(厚生労働省資料・経済財政諮問会議 平成31年4月10日)
図表2● 地域活動をしている方が要介護状態になりにくい
Otsuka T,et al:J Psychosom Res 2018;111:36-41
図表3● 認知症発症率は減らせる
(Satizabal CL,et al : N Engl J Med.2016; 374 : 523-532)
図表4● 「疾病予防・重度化防止」および「フレイル」への対応法
図表1〜4出典:辻一郎氏提供資料
  • 医療のグローバル化

多くの医療機関でグローバル化への対応は必須に。
臨床プラスαの力で医師の活躍の場は広がる

中央大学大学院
戦略経営研究科
教授
真野俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメント、大和総研主任研究員などを経て現職。多摩大学特任教授、厚生労働省独立行政法人評価有識者委員等を兼務。『入門 医療政策』『医療危機-高齢社会とイノベーション』(いずれも中央公論新社)、『治療格差社会 ドラッカーに学ぶ、後悔しない患者学』(講談社+α新書)など著書多数。

真野俊樹氏 写真

異業種による海外展開が進み
医師のキャリアも広がる

医療ツーリズムに代表されるインバウンド、日本の医療を海外展開するアウトバウンド、いずれの面でも医療のグローバル化は着実に進んでいる。経済産業省による医療の海外展開の図(図表1)はそうした現状を示しているが、「今後は異業種、ウエルネス、定住、ITといったキーワードとともに、医師にとって医療のグローバル化は当たり前のものになる」と、海外各地の医療を何度も視察した真野俊樹氏は指摘する。

まず、医療サービスの海外展開では、北原国際病院(東京都)と日本企業などが設立した合弁会社がカンボジアに開設した病院「サンライズジャパンホスピタル」(左上写真)などをはじめ、複数の先行事例がある。

「ただ、日本の医療法人に積極的な海外展開が可能な人材・ノウハウが十分備わっているとは限りません。すでに海外に進出した医療法人も、小規模な展開にとどまります。そうしたなか、近年は総合商社などが海外の医療グループと協力して医療事業に携わる例が目に付きます」

たとえば、三井物産が出資したマレーシアの民間病院グループIHH社がアジア・中東等で病院経営や医科系教育機関経営を行う、双日の子会社とトルコの建設会社が共同で病院施設運営事業に参画する、などの例があり、真野氏は「こうした異業種による日本の医療の海外展開は今後も増えるでしょう」と予測する。

「所定の条件で日本の医師免許が使えるカンボジアなどでは現地で診療も可能で、ほかの国・地域なら日本の医療を現地スタッフに指導するなど、医師の海外でのキャリアの選択肢は、今後広がると考えられます」

海外から訪れる富裕層に
高度医療や健診・予防を提供

もちろん日本での高度医療を目的とした医療ツーリズムのニーズは依然として根強く、受け入れ人数の拡大は今後も続くだろう。さらにこれから本格化するIR(統合型リゾート)開発のなかで、リゾートを訪れる外国人向けの病院や健診センターなどが中核施設として開設されることも考えられると真野氏は言う。

「この場合は医療ツーリズムが求めるような高度医療より、予防や健診が中心になると思われます。リゾート滞在中に身近な施設で健康をチェックし、必要なアドバイスを受けて健康増進を図る……といったライトなニーズへの対応になるでしょう」

このような富裕層向けの医療サービスに関わるには、各自の専門性や英語によるコミュニケーション能力をベースに、ヘルスケアなど医療と隣接した領域にも視野を広げることが重要と真野氏はアドバイスする。

「ビジネススクールなどで医療以外の知識を学び、違う分野の人と交流するのもよいでしょう。海外から訪れる富裕層は、自己実現を重視するウエルネスの意識から多面的な助言を求める傾向にあり、食事と健康など、日本の医療の枠組みにとどまらないプラスαの力が役に立ちます」

外国人増加やIT導入など
身近なところでグローバル化

このような特別なインバウンド需要でなくとも、外国人観光客や在留外国人が増え続ける日本では、一般の医療機関での外国人の診療も珍しいことではなくなってきている。

観光庁は『明日の日本を支える観光ビジョン』で、2020年に外国人観光客4000万人を目指すとしており、実現すれば2005年の約670万人から6倍近い増加となる。しかも訪問先は多様化しており、有名な観光地に限らず全国どこの医療機関でも受診する可能性はある。

在留外国人は2018年末には273万人となり、2019年4月からは外国人材の受け入れも拡大。真野氏は「外来患者に外国人が数名含まれる風景も、近いうちに見慣れたものになる」と語る(図表2)。

「患者の日本語能力がそう高くない場合、問診や治療の説明をどう行うかなど、医療現場のグローバル対応は待ったなしの状況です」

このほか医療現場の働き手不足への対応、医療の質の向上を目的に、海外の各種システムやアプリが日本の医療機関で利用されるなど、医療ITサービスにより身近なグローバル化が一気に進む可能性もある。

「海外でのキャリアを選択しなくても、グローバル化の波は国内にも確実に押し寄せます。日本が人口減少フェーズに入り、やがて高齢者人口も減るなかで、外国人患者への対応やウエルネス分野への注力など、グローバル化をチャンスと捉えて活躍できる医師が求められるでしょう」

図表1● 日本の医療の国際展開
出典:経済産業省ホームページ
図表2● 在留外国人・訪日外国人数の推移
出典:厚生労働省「外国人患者受入体制に関する厚生労働省の取組」:第1回 訪日外国人旅行者等に対する医療の提供に関する検討会・資料3(平成30年11月14日)
カンボジアのプノンペンに進出した北原国際病院のサンライズジャパンホスピタル。カンボジアでは、病院だけでなく、運営システム、教育システム、ITインフラなど病院に関わる全てのノウハウを提供し、カンボジアの国と医療の発展に貢献。
カンボジアの最新ホテル。国の発展で日本の最高級ホテルと変わらない。
写真提供:真野俊樹氏
  • 診療報酬改定と医療経営

診療報酬改定の方向性は変わらず
働き方改革や地域包括ケアへの
取り組みは病院存続のカギに。

株式会社日本経営
専務取締役
銀屋 創
1993年入社。医療機関の財務会計・財務コンサルタントを経て、病院経営コンサルティングを事業化し、同分野の中心メンバーとして活躍する。2006年九州大学大学院医学系学府医療経営・管理学修士修了。グループ全体の全国展開、再生・M&A事業などを立ち上げ、16年には東京支社長としてメディア事業・実業の開発・システム開発などを統括するかたわら、豊富な病院のコンサルタント実績に基づき、講演も多数行なっている。

銀屋 創氏 写真

働き方や地域包括ケアの視点を
診療報酬にどう反映するか

2020年は2年に一度の診療報酬改定年度にあたる。厚生労働省は19年11月18日の社会保障審議会医療部会で『令和2年度診療報酬改定の基本方針(骨子案)』を提示、このあと医療保険部会での議論を待って方針を固める見通しだ。本改定の基本的な視点には、①医療従事者の負担軽減、医師等の働き方改革の推進、②患者・国民にとって身近であって、安心・安全で質の高い医療の実現、③医療機能の分化・強化、連携と地域包括ケアシステムの推進、④効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上、の4項目が挙げられ、そのうち①を重点課題に据えている(図表1)。

病院経営のコンサルティングを数多く手掛けている(株)日本経営東京支社長の銀屋創氏は、「入院から外来へ、受療期間の短縮、機能分担・連携による効率的で質の高い医療の提供という方向性はこの30年間変わらず、一定の成果も得られている。その流れは今後も踏襲される」としたうえで、「今改定の2大テーマは“地域包括ケア”と“働き方改革”と考えられるが、いずれも“診療報酬にどう反映させるのか”という疑問は残る。ただし、勤務医の時間外労働は24年4月から罰則付きの上限規制が適用されるため、点数が付く・付かないに関わらず、働き方改革は直ちに取り組むべき課題」と釘を刺す。

働き方改革の具体的な方向性として、ICTの利活用の推進、医師等の負担軽減への取り組みなどが例示されているが、銀屋氏が出した答えは「働き方改革と地域包括ケアはまったく同じ問題に突き当たる」という。たとえば、米国でもナース・プラクティショナー(NP)やフィジシャン・アシスタント(PA)などの中間職種が可能な業務の範囲は州ごとに異なる。「医師不足が深刻な地域ほどタスクシフティングは進む。つまり、いずれもキーになるのは“人”で、地域の医療事情と密接な関わりがある。これらの問題を全国共通の話題として議論するのには限界がある」ということだ。

果たすべき役割を明確にして
人が集まる魅力ある病院に

これらの課題を前に医療機関はどう動けば良いのか。「時間外労働の短縮により2交代、3交代制が導入され、複数主治医制になることは避けられない」と銀屋氏。すると大学病院など高度医療を担う施設は人数確保のために、地方に派遣していた人員を引き上げ、地方の病院の人手不足はますます深刻化する。

銀屋氏は、「病院はその存続をかけ、自前で人を育てる機能を持つか、人が集まるような魅力ある病院になる必要がある」

それにはまず、「地域で自院が果たすべき役割とは何かを明確にすること。大事なことは地域のニーズは何かではなく、自分たちが持つ資源、誇れることは何かを第一に考えること、それらをきちんとやって見せることだ」という。

病床機能報告制度に基づき、16年度末までに全都道府県で地域医療構想が策定された。今後さらなる地域再編が求められるなかで、病院相互の機能分担・業務連携を推進する舵取り役が重要度を増す(図表2)。

「医師を供給する力のある大学病院などが、地域医療連携推進法人の中核を担うというのも一つの流れになるかもしれない」(銀屋氏)

銀屋氏からみると「診療報酬は良くなってきている」という。なぜなら、かつて医療の評価はインプット、すなわち“何を投入したか”で決まっていたが、いまはプロセスやアウトカムが可視化されるようになり、評価が本質に近づいてきているからだ。量的評価から質的評価に変わることで、点数の基準は精緻になり、より成果が求められてくる。

「とくに地域包括ケア病棟では、地域で介護や生活をトータルコーディネートする“機能”が問われてくるだろう」(銀屋氏、図表3・4)。

医師に求められる能力も
働き方も大きく変わる

一方、医師にはこれまで以上に効率化が要求される。しかも「3交代制が導入されれば、“私の”ではなく“私たちの”患者になるため、患者情報を誰がみてもわかるように記録し、伝える能力、コミュニケーションやグループ診療を行う能力が不可欠となる」と銀屋氏。対患者についても同様で、入院期間の短期化や交代制に変わることによって、短い時間、短い期間で患者・家族と信頼関係を築かなくてはならなくなるし、担当医の間で密な情報交換をして、認識を共有しておく必要もある。

とはいえ、銀屋氏は「タスクシフトや3交代制の導入で医療の質は上がると確信している」という。なぜなら医療がみえる化し、標準化されることで、ボトムアップにつながるからだ。

「医師は長時間労働から解放されるだけでなく、働き方の変化で求められる能力や質が自ずと変わってくるため、それらに対応できるか否かが問われる」(銀屋氏)

図表1● 令和2年度診療報酬改定に向けた基本認識と基本的視点(案)
出典:第70回社会保障審議会医療部会・資料1「令和2年度診療報酬改定の基本方針(骨子案)」より抜粋(令和元年11月18日)
図表2● 病床機能報告制度と地域医療構想(地域医療ビジョン)
図表3● 既に始まっている量的評価から質的評価への転換
医療は、量的整備の時代から質的向上の時代へ入っている。
時代の流れに沿って、診療報酬等も評価のあり方が変化を迎えている。
図表4● Structure、Process、Outcomeの具体的内容
図表2〜4出典:株式会社日本経営提供資料