はまらないためにはどうすればいい?ケース別 キャリアの落とし穴

キャリア形成上の選択で、失敗したりリスクを負ったりすることがある。特に、新型コロナウイルス感染症の流行で医師の需給バランスが激変したいまは、前にも増して慎重に行動しなければ、自分が思った通りのキャリア形成はできにくくなっている。転職市場のあちこちにある“キャリアの落とし穴”にはまらないためには、どんな対策を取るべきか。キャリアアドバイザー(CA)に聞いた“落とし穴”の事例と、回避のためのポイントを紹介する。

  • 最新傾向

求人数は平時の95%に回復。医師の応募も活発に。
ただし、採用側の判断基準は以前より厳しくなった

診療スキルや経営への寄与力、
患者対応力などがより重要に

「一時は、医師の求人数が平時の70%まで減少しましたが、現在(2020年11月中旬時点)は95%まで回復しました。医療機関側からは、『ある程度、新型コロナの感染対策がわかってきたので、募集を再開する』という声を聞いています」

こう話すのは、医師紹介会社でCAを務めるA氏。求人数の回復に伴って、医師の応募数も戻ってきたそうだ。新型コロナの影響で非常勤先が減った医師や、前々からより働きやすい職場を求めていた医師などが、行動に移し始めているそうだ。医師の転職市場は、新しい時代に向けて再スタートしたと言える。

だが、以前と同じような転職活動で成果が出るとは限らない。同じく CAのB氏はこう言う。

「新型コロナの先行きが見通しにくいなかで、今も経営が不安定な医療機関は少なくありません。以前は、少しくらい医師の要望が多くても受け入れる医療機関はありましたが、そうした時代ではなくなりました」

つまり、医師であっても医療機関側のニーズを見極めて転職活動をしなくては、いつまでも採用されない、採用されても条件が良くないなどの“落とし穴”にはまりかねないのだ。

B氏によると、落とし穴を回避するための基本戦略は医師の属性によって異なる。

「エグゼクティブ(役職付き等)の医師は、とにかくスキルを見られます。他の医師にないスキル、医療機関の収益に寄与するスキルがあるかを振り返り、十分にアピールできれば、新型コロナの流行に関係なく転職成功の可能性は高いです」

通常のスタッフとして転職する医師で、特にプライマリケアを担う場合、別の要素が重視されるようだ。

「あるクリニックの院長は、採用の基準を『笑顔がきれいな医師』と表現していました。よく、コミュニケーションスキルが大事と言われますが、患者さんにまた受診しようと思ってもらうには、笑顔で話を聞くことが肝心なのだそうです」(B氏)

転職市場は変わった。そう意識改革した上で自身のスキルを整理し、転職活動する時代になりつつある。

  • 落とし穴1

がん専門病院に勤務し続け、
専門性を極めたが、定年後の転職で苦戦

60代前半・男性

長く働きたい医師には
長期的な視点が必要

長年、がん専門病院で肺がんの診療にあたり、定年まで勤め上げた。専門性を極められること、待遇が良く、働きやすい環境だったことから、途中で転職をすることは考えなかった。定年後も、嘱託医として継続雇用されてきたが、2年後には契約が終了するので、転職活動を始めた。

ずっと仕事が生きがいで、漠然と「80歳まで働きたい」と思っていた。引き続き肺がんの診療に携わり、できれば若手医師の指導にもあたることが希望だった。

だが、医師紹介会社に相談すると厳しい現実を知る。がんの専門的な診療を行っている大規模病院で定年後の医師を採用するケースは少ない。小規模病院やクリニック、介護施設などでは定年後の医師を採用することがあるものの、肺炎や喘息、COPDなどコモンディジーズを診る医師を求めており、専門性が高すぎるキャリアはマッチしなかった。

同じ医療機関でひたすら専門性を極めてきたことは医師として誇らしいことで、定年時に引退するのであれば理想的なキャリアかもしれない。しかし、さらに長く働こうとなると一転して“落とし穴”になってしまうことがある。長く働きたい医師は、長期的な視点でキャリアプランを立てなければならなかったと言える。

この医師の場合、がん専門病院に勤務する以前は、一般病院でコモンディジーズにも携わっていたので、面接時にその経歴をアピールすることにした。だが、すでに10年以上前の話であるため、なかなか採用には至らない。理想と現実のギャップは大きかった。

Profile

施設形態 国立病院
科目 呼吸器内科
業務 外来・病棟
勤務形態 常勤(週5日)、当直なし
年収 1700万円

落とし穴回避ポイント

一般的な疾患を診るスキルを再獲得
長く働きたい医師は、50代でキャリアチェンジを考えたほうがいいでしょう。ある程度、専門性を極めた後に一般病院に移り、コモンディジーズに携わっておけば、定年後も引き合いが多く、好条件で転職しやすくなります。
  • 落とし穴2

転職先でマネジメント力を高めたかったが、
面接時に伝えておらず、実現できなかった

50代前半・男性

期待されていたのは手術で
売上に貢献することだった

自己ルートで民間病院へ転職した整形外科医。新天地ではマネジメントや病院経営にも参画したいと考えていた。小規模病院で経営陣との距離感が近いため、実現可能だろうと踏んでいた。

だが、実際に入職してみると、経営について関わることは求められていなかった。その病院は代々一族経営で、外部から転職してきた医師がマネジメントや経営に関わる余地はなかったのだ。病院側が求めていたのは、手術をこなし売上を増やして貢献することで、医師側の期待とは齟齬があった。

Profile

施設形態 民間病院
科目 整形外科
業務 外来・病棟・手術
勤務形態 常勤(週5日)、当直あり
年収 3000万円

落とし穴回避ポイント

希望はハッキリ言葉で伝える
面接の場で、マネジメントや経営に関わりたい意思を言葉にしなかったことが“落とし穴”になりました。言いにくくても、重要なことは言葉にすることが必須です。
  • 落とし穴3

「透析部門を立ち上げ予定」を信じて転職。
一向にその気配がなく、専門医の維持が困難に

30代後半・男性

必須条件なのに、先方の話を
希望的観測で解釈し確認せず

腎臓内科の専門医。前の職場でうまくいかないことがあり、急きょ自己ルートで転職した。面接時には、透析をメインとする勤務を希望していることを伝えた。病院側からは「今は透析部門がないが、今後立ち上げたい」との話が。その言葉を信じて入職したが、1年が経っても透析を立ち上げる気配はない。約束が違うと思い、病院側に確認しても、「先々、立ち上げる意思はある」との返答が来るだけで、具体的な動きはない。このままでは透析専門医が維持できないため、再転職を迫られている。

Profile

施設形態 民間病院
科目 腎臓内科
業務 外来・病棟
勤務形態 常勤(週5日)、当直あり
年収 1800万円

落とし穴回避ポイント

重要事項は面接時の確約が必須
病院と医師個人とでは、タイムスパンが違います。病院側の「検討する」は、5年後、10年後の話かもしれません。面接時に確約をとった上で転職を決めるべきでした。
  • 落とし穴4

仕事スタイルを貫くための要望は多いが
組織への貢献意識が低く不採用続き

40代後半・男性

非常勤から常勤への転身希望
高スキルだけでは叶えられず

長年にわたって健診センターで非常勤医として勤務。健診にかける思いが強く、細部にもこだわって仕事をするスタイルを貫いてきた。新型コロナの影響で雇い止めに遭ったが、スキルがあり実績が豊富なため、常勤での転職先候補はすぐに見つかった。

しかし、スキルを発揮するためにと、診療放射線技師の能力等への要望が高い。面接の場で、その病院の健診体制や診療放射線技師のスキルを根掘り葉掘り質問し、「そのレントゲンの撮り方ではだめです」などと発言。また、自分は消化器領域の健診以外に携わる考えはないことも強調した。

技師のトレーニングに協力することや、少し業務の幅を広げることを提案されても、「それは自分の仕事ではありません」と受け入れなかった。

病院組織にとって非常勤は外部の医師であるが、常勤となると組織に属する位置づけとなる。常勤は待遇が安定する半面、組織に貢献する姿勢が求められる。この医師は、その立場の違いを認識していなかった可能性がある。

結局、病院側から入職を断られた。本人も、こだわりを貫けない病院なら採用されなくても構わないと考え、転職活動を続けているが、なかなか決まらない。もともとスキルが高い医師なので、仮に1年前であれば早々に転職が決まっていたかもしれない。だが、新型コロナの流行によって経営が不安定な病院は採用を絞っており、より組織貢献意識の高い医師を優先するようになっている。その現実を直視しなかったことも“落とし穴”の一因と考えられる。

Profile

施設形態 健診センター
科目 消化器内科
業務 健診
勤務形態 非常勤(週5日)・当直なし
年収 1800万円

落とし穴回避ポイント

組織への協力や貢献も仕事だと認識する
常勤採用では特に「これしかやらない」という医師は敬遠されがちです。その傾向は、新型コロナ禍によって顕著に。教育に関わるなど、病院に協力・貢献する姿勢を示せば、結果は違ったはずです。
  • 落とし穴5

知人のつてで定年後の転職先を見つけるも
「お金の話」を言い出せず、入職が頓挫

60代前半・男性

定年後の給与相場に
無頓着だったことも要因

定年退職にあたり、知人のつてで見つけた病院に転職するつもりだった。だが、入職直前になって給料を知らされ、唖然とする。それまでの年収1500万円は維持できるだろうと思っていたが、大幅に下がり、「定年後の転職はそれが相場」と言われた。自分からお金の話を切り出しにくく、事前に確認しなかったことを後悔。生活水準を下げることは難しいため、その病院への転職は取りやめた。その後は、医師紹介会社に相談し、幸い、希望年収の叶う転職先が見つかった。

Profile

施設形態 民間病院
科目 外科
業務 外来・病棟・手術
勤務形態 常勤(週5日)、当直なし
年収 1500万円

落とし穴回避ポイント

第三者に交渉を委ねる手も
知人との関係を壊したくないため、給与交渉ができなかったケース。自分でお金の話をしにくい医師は、紹介会社を利用し、交渉を代理してもらうとスムーズなはずです。
  • 落とし穴6

スキル、キャリアは申し分がないが、
スタッフへの配慮不足で、採用に至らず

40代前半・男性

職場体験時に、勇み足で
現場を仕切ってしまった

民間病院で産婦人科部長を務め、年収2500万円を得ていたが、プライベートの時間を増やすために転職活動を開始。だが、面接時の職場体験で、スタッフを知らないゆえに配慮に欠けたようだった。

後日、病院側から不採用の連絡が届いた。希望年収が高いことと、スタッフからの評価が芳しくなかったことが理由だ。スキルやキャリアは申し分がないが、自分をアピールするあまり周りへの配慮に欠けたことが“落とし穴”となった。「チームと調和を図れる医師」を望む病院には悪印象だったのだ。

Profile

施設形態 民間病院
科目 産婦人科
業務 外来・病棟・手術
勤務形態 常勤(週5日)、当直あり
年収 2500万円

落とし穴回避ポイント

周囲との協働意識を忘れずに
面接時の受け答えや、振る舞い一つで不採用になることがあります。職場体験など医師単独で現場に入る時は、改めてマナーに注意していただきたいところです。
  • 落とし穴7

週1日勤務×5医院のフリーランス医師。
新型コロナ禍で3医院から契約を解除され…

40代前半・男性

非常勤は求人が見つからず、
常勤は書類選考が通らない

特定の組織に所属することが性に合わず、10年以上、非常勤医だった。それも、週1日ずつ5カ所のクリニックと契約しており、フリーランスの状態だった。しかし、新型コロナの影響で、3つの勤務先から経営不振を理由に契約解除を言い渡された。昨年までの年収は2500万円だったが、このままでは800万円まで下がる。

慌ててスポット勤務を探したが求人がなく、常勤に転身することにした。だが、ずっと非常勤だけだったために転職活動は難航し、書類選考も通らない状態が続く。

Profile

施設形態 クリニック
科目 小児科
業務 外来
勤務形態 非常勤(週1日×5医院)
年収 2500万円

落とし穴回避ポイント

非常勤でもメインの勤務先を作る
全ての勤務先が週1日だったことが“落とし穴”でした。週3日程度働く主たる勤務先があれば、非常勤でも必要な人材と見られ契約解除されにくかったと思われます。
  • 落とし穴8

知人の医師と共に小規模病院を立ち上げ。
専門を極めたかったが、無理だった

40代後半・男性

専門外の診療を求められるも
うまく対応できず患者減に

知人の医師と2人で、小規模の専門病院を立ち上げた。前職は大学病院で、整形外科の中でも脊椎を専門としていた。引き続き専門性を発揮するつもりだった。

だが、小規模病院は経営の安定化のため、整形外科全般の患者を受け入れなければならない。想定以上に専門外の患者を診なくてはならず、それにうまく対応できなかった。もう一人の医師は何でも診るタイプだったため、次第に自分の患者は減少した。その小規模病院を辞め、専門性を極められる勤務先を探さざるを得なくなった。

Profile

施設形態 民間病院
科目 整形外科
業務 外来・病棟
勤務形態 常勤(週5日)、当直なし
年収 2500万円

落とし穴回避ポイント

専門性追求なら大規模病院が基本
専門性を極めるには、大規模病院での勤務が圧倒的に有利。それが無理ならば、専門クリニックに勤務し、時々、元の病院で手術をするなど、柔軟な働き方も一法です。
  • 落とし穴9

子育てのためにやむを得ず非常勤を続けた結果、
スキルが身につかず、働く場が見つからない

30代後半・女性

新型コロナの流行前までは
問題のない働き方だったが…

大学病院で後期研修期間途中に出産。職場復帰したものの、子育てのために当直ができず、医局を離れることになった。その後10年ほど、子育ての都合で時短の非常勤を掛け持ちしたり、スポットで健診に携わったりしており、特に問題はなかった。しかし、新型コロナの影響により契約解除に。新たな勤務先を探したが、スポットや非常勤の求人は激減していた。

常勤としてのキャリアがほとんどなく、専門医資格を持っていないことも“落とし穴”となり、転職活動は難航した。

Profile

施設形態 民間病院
科目 一般内科
業務 外来
勤務形態 非常勤(週5日)、当直なし
年収 800万円

落とし穴回避ポイント

早く実績を作り常勤可能な態勢に
転職市場が変化し、非常勤の掛け持ちなどの働き方は難しい傾向があります。若いうちに、教育を含めて受け入れてくれる病院に入り、常勤可能な実績を作りましょう。

読者より

私が思う“キャリアの落とし穴”

  • 条件(給与など)だけで選んだら、モチベーションの低い(やる気のない)医師ばかりだった(消化器外科・40代前半・男性)
  • いつまでも売り手市場と考えていたら、希望の転職ができなくなりそう。少し恐怖を感じた。実際コロナで皮膚科の求人が減っている(皮膚科・20代後半・女性)
  • 近場での転職に際しては、前勤務先での評判などがストレートに伝わりやすいと思われる(泌尿器科・40代後半・男性)
  • 人間関係を築くことができないと失敗する(脳神経外科・50代後半・女性)
  • 好条件を追求すると、キャリア形成に適さないポジションとなりがち(脳神経外科・40代前半・男性)
  • 目先の利益にとらわれて、長期目標を持てないこと(呼吸器内科・50代前半・男性)
  • 条件だけでは職場の雰囲気はわからない。公衆衛生医師を経験したが、職場に指導する医師もおらず周りは保健師ばかり。自分で考えるしかなかった(産業医・40代後半・男性)
  • 自分にニーズが有るかがわかっていない(循環器内科・50代前半・男性)
  • 専門医などの自分が有する資格と、職場や地域が求めているニーズの相違によって、双方が不満足に陥ることが多々ある(循環器内科・40代前半・男性)