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  • 記事公開日:
    2023年07月11日

医師の多くは主として医療に関する仕事をしている。しかし医師の中には、全く異なる業種との掛け持ち、いわゆる「二足のわらじ」を履く医師もいる。どちらかが趣味やほんの副業というわけではなく、両方の仕事に真剣に向き合うことで得られる充実感、あるいは人生における新しい発見や刺激、価値をもたらすという。様々な働き方が見られる現在、「二足のわらじ」を履くことの目的と魅力について、今回は精神科医でありブリュワリーの経営者でもある高木俊介氏に話を聞いた。

精神科医と
ブリュワリー経営の二足のわらじで
広い視野を手に入れる。

〜Introduction〜
精神疾患の患者の在宅支援を行いながら
クラフトビールづくりに取り組む

京都府において、精神科医として「たかぎクリニック」を開業し、精神科在宅医療サービスを行う「ACT-K」を率いている高木俊介氏。ACTとは「Assertive Community Treatment=包括型地域生活支援プログラム」のことで、重度の精神障がいがある人が、自分が住んでいる場所でそのまま暮らしていくための支援を行っていくもの。Kは京都を意味している。

「現在、精神科医を始め、看護師、介護福祉士、作業療法士など医療と福祉の各職種、約20人のスタッフがいます。それぞれが患者さんの自宅を訪問し、診療および様々な支援を行っており、統合失調症を中心に、認知症なども合わせ、およそ150人の患者さんを診ています」と語る高木氏。同時に高木氏は、『京都・一乗寺ブリュワリー』の代表として、クラフトビール醸造にも取り組むという、「二足のわらじ」を履く医師である。

高木俊介氏
高木俊介氏
◎1957年 広島 県生まれ ◎1983年 京都大学医学部卒業
大阪府内の私立精神病院および京都大学医学部附属病院精神科にそれぞれ10年間勤務。日本精神神経学会で、精神分裂病の病名変更事業にかかわり「統合失調症」の名称を発案。2002年に正式決定となる。2004年、京都市中京区に「たかぎクリニック」を開設。重度の精神疾患の患者の在宅支援も地域のチームで行っている。
著書として『ACT-Kの挑戦』(批評社)、『こころの医療宅配便』(文藝春秋)、『危機の時代の精神医療』(日本評論社)などがある。

〜Background〜
精神障がい者の就労を考え
企業の立ち上げを目指す

2004年に「ACT-K」を立ち上げ、在宅支援に取り組む中で、精神障がい者もスタッフたちと一緒に働ける場があれば、症状や周囲との関係性も改善していくことを実感したという高木氏。しかし、当時、それが可能な施設、特に重症患者を対象としたものはなく、家族会などが細々と行っているクッキー作りなどの取り組みがあるに過ぎなかったという。そこで同氏は、自分たちで何かを始めなければいけない、「しっかり利益が出て、作業への報酬が出せて、かなり重症な患者さんでも行えるような仕事の場」を作らなければいけない、と思うに至ったと語る。

「はじめは靴磨きやドジョウの養殖、といったことなども考えました。特にドジョウに関しては、借りている畑に池を作って、実際に挑戦。しかし、冬の間に鳥に全部食べられてしまって失敗(笑)。そんな時、ビール製造の経験がある人と知り合い、ビールなら寸胴鍋があれば製造可能であることを知りました。またビールづくりの工程には、ビン詰めやラベル貼りといった作業もあり、さらに原料が麦とホップという乾燥物で、季節を問わず工業的に生産できるということから、障がい者の就労支援に適しているのではないかと考えたのです。始めてみるとビールづくりは非常に面白く、すっかり私自身がはまってしまいました」

〜Challenging〜
若手期待のブリュワーとともに
国際的なコンテストで金賞受賞も

「2012年、京都・一乗寺にブリュワリーを開設し、作ったら売る場所も必要だろうと、レストランも併設しました。しかし、武士の商法というか、医師の商法というか、当初はなかなかうまくいかず、4年間くらいは赤字で、運営資金に自分の給料を持ち出すような状況でした」

もうやめようか、と考えていたという高木氏。そんな時に、高木氏の趣旨に感銘を受けたという、東京農業大学の醸造学科を卒業したばかりの若手技術者が現れる。「自分もメンタルのことで色々と悩んだので、障がい者のために何かしよう、というところで働きたい」とのことで、すでに内定していた沖縄県の泡盛の会社を断ってきたという。

「これは雇わないわけにはいかないな、と(笑)。そうしたらこの若者が、実は非常に才能あるブリュワーでした。彼は農大の実験でちょっとビールを作ったことがあるだけで、それまで本格的には作ったことがなかったのに、ビールを1杯飲んで、匂いを嗅いで、それで同じようなものをちゃんと作ってしまう、という才能があったんです」

またそんな折、高木は京都の祇園などで飲食店を展開している企業家を紹介される。この人物は企業家として成功しながらも、自分も何か社会貢献がしたいという思いを持っていたという。

「この方は最初、医者が趣味でやっているような中途半端な飲食業をやめさせようと説得に来たんです。そんなに甘いものではない、と。しかし私が障がい者雇用を目指していて、そのために企業としても一流のブランドを構築していかなければならないという目的を持っていること、また期待の新しいブリュワーをなんとか活かしていきたい、という考えにとても感銘してくれました。そこで2015年、この方が共同経営者として参画することになり、経営をサポートしてくれることになりました。ブリュワーもベテランがもう一人増えました」

その後、ブリュワリーの経営は次第に上昇気流に乗っていく。2017年にはビールの国際コンクールであるインターナショナル・ビアカップ2017で、ブリュワーたちの作ったビールが金賞を受賞するなど、様々なコンテストでの受賞が続き、京都の複数の国際的なホテルのバーなどに納入するようにもなっている。さらに今は京都や大阪の百貨店でも扱われているほか、競馬場でも販売されるなど、『京都・一乗寺ビール』ブランドとしての評価は高まっていった。

高木氏(左)と共同経営者の伴氏(右)
高木氏(左)と共同経営者の伴氏(右)。主に京都・一乗寺ビールの生樽が楽しめるお店として、醸造所としてプロデュースした『BEER PUB ICHI‐YA』にて

〜Episode〜
『ふぞろいの麦たち』という
クラフトビールに込めた想い

そんな中、注目なのが『不ぞろいの麦たち』という名のビールの誕生である。これはやはり京都で自閉症の生活介護事業所でビールを作っている「西陣麦酒」と連携して製造しているもので、群馬県の作業所などで作られたビール麦、宮城県石巻市のソーシャルファームで作られたホップなど、障がい者が関わった原材料も用いて作られたビールだ。

「そうした作業所による麦は、粒の大きさがマチマチです。大手の企業では通常、粒の大きさが揃ったものによって製品化が行われています。そこでブリュワーに『こんな粒の麦でビールが作れるか』と聞いたところ、『そういう麦でビールが作りたい、それこそがやりたい仕事です』と言ってくれました。この想いには非常に感動しました」

このほかの取り組みとしては、「京都産原料100%ビールプロジェクト」があるという。これは京都のブリュワーが揃って参加しているものだそう。

「亀岡市で作っている麦やホップ、与謝野町で作り始めたホップ、さらに京都産の梅や柚子を使ったビールなどに取り組んでいます。さらに酵母も京都で採取されたものを大手ビール会社に育ててもらって、それを使用するということも目指しています。そうすれば本当に100%京都産ビールとなるわけです。それに各ブリュワリーが思い思いに挑戦しています」

〜Style〜
異業種交流会を月1回開催
ビールを通して人との出会いの場を広げる

現在高木氏は、『京都・一乗寺ブリュワリー』の代表として、医師として在宅医療を行う一方、定例の経営会議、醸造会議に参加し、企業経営に携わっている。また群馬の麦畑を運営する作業所や石巻のソーシャルファームの視察などを行ったり、ビールを通しての異業種交流会を開催したりと、精力的に活動している。

「異業種交流会は、ビール好きの人たちを集めて月に1回、開催しています。大企業にお勤めの方から個人事業主の方、芸人さん、スポーツ選手など、医者をやっているだけでは出会えなかったような人に会うことができ、自分の視野が本当に広くなったと思います。」

近年のコロナ禍では飲食業界は大きな打撃を受けた。医師であり、飲食業にも関係している高木氏は、コロナ禍にあっては相反する立場にあったと言える。

「一方で密は避けるように言い、一方ではお客さんに飲食店に来てビールを飲んでほしいという、両方の思いがわかるだけに、引き裂かれる思いでしたね(笑)。様々な人の話を聞くにつれ、医者がいかに医学のことしか見ない世間知らずかということに気づかされました。人との出会いが、『二足のわらじ』を履いたことによる私にとっての一番のプラスだったと思います」

群馬県の就労作業所が手がける麦畑にて
群馬県の就労作業所が手がける麦畑にて

〜Future〜
しっかりとしたブランディングと
農福連携で障がい者雇用の拡大へ

共同経営となって以来、3年目に単年度で黒字になったという『京都・一乗寺ブリュワリー』。今後はさらに『不ぞろいの麦たち』のようなビールの生産量を増やしていくため、農福連携事業に力を入れていきたいという高木氏。

「当初は障がい者の直接雇用を目指していましたが、会社としての規模が小さく難しいことがわかりました。そこで、広いネットワークによって雇用を実現したいと考えています。それが農福連携です。京都ではこれが進んでおり、補助金も下りています。麦は群馬県の福祉作業所から、ホップは宮城県石巻市のソーシャルファームから、というような流れをさらに拡大していきたいと考えています。今後は『京都・一乗寺ビール』のブランディングをより進めていって、ネットワークを拡大していきたいですね」

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