「医療コミュニケーション」のバージョンアップ法

  • 記事公開日:
    2023年08月10日

患者・家族に対するコミュニケーション力は医師に欠かせないスキルの一つ。今後はAIの活用などで患者との接点が多様化し、また高度化・複雑化した治療の説明も必要になる。時代が求めるコミュニケーション力へとバージョンアップさせるには何が重要か、患者の医療相談や医師教育に携わる医療コミュニケーションの専門家に話を聞いた。

「患者の話を聞く」姿勢がコミュニケーションの基本

患者は「医師のコミュニケーション」に不満を感じている

患者の医師に対する不満は、看護師や薬剤師など他職種への不満より4倍近く多い。そう話すのは、認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長の山口育子氏。患者と医療者双方の視点から医療コミュニケーションの課題解決に取り組む同センターでは、患者からの電話相談の半分以上に「ドクターへの不満」が含まれるという(同センターHP「2021年度の相談件数と傾向」より。複数回答による)

「これは医師の対応の問題というより、本来他職種に向ける期待まで医師に集中している裏返しの面もあるでしょう。患者は『チーム医療』という言葉は知っていても、どの職種がどのような専門性や役割を持っているか理解できず、結局は医師に聞き、期待した答えが得られず不満を感じるケースも多いと思います」(山口氏)

また、患者は医療者から丁寧な説明を受け、書籍やインターネットでも医療情報が得られるが、短期間で専門的な内容を正しく理解するのは難しい。医師が1時間説明しても、内容をうまく理解できなければ、患者は「説明が不十分」に感じると山口氏は言う。
「特に込み入った内容、大きなショックを受ける話は、最初の情報や不安で頭がいっぱいになりがちです。重要なポイントをまず話し、患者の同意を得て残りは改めて時間を設けるなど、伝え方の工夫も大切です」(山口氏)

認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 山口育子氏
認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 山口育子氏/大阪教育大学卒業。自身もがんの治療を受ける中で医療現場でのコミュニケーションの重要性を痛感。創設2年目のCOMLに参加し、患者からの電話相談のほかCOMLの活動全般の運営に携わる。2011年から現職。

患者の「分かった」を正しい理解につなげるために

一方で、医療者側はIC(インフォームド・コンセント)の捉え方にも課題があると山口氏は指摘する。ICはアメリカで「患者が自らの病名や病状を知る権利」として生まれたが、「日本では患者に説明することとして拡がったので、一方通行の情報提供になりがちで相手の理解という観点が弱いように感じます」(山口氏)

もちろん、「説明にうなずいていた」「話の最後に、分かりましたか?聞きたいことはありませんか?と念を押した」など、説明の際に患者の理解を確認する医師も多いだろう。しかし、山口氏は
・理解したように見せないと治療に進めないと思った
・分からないと言い出しにくい、恥ずかしいから黙っていた
・その場では分かったつもりだったが、今は内容があまり思い出せない
などのケースもあり、患者の「分かった」は必ずしも「正しく理解した」の意味とは限らないと言う。

「理解の確認には、聞いた内容を説明してもらう『本人による言語化』も有用です。診療後、担当医ではなく看護師や若手の研修医などが『今日はどんな話を聞きましたか?』『治療でどんな効果が期待できるとイメージされましたか?』と尋ね、患者の理解度を確認する。不十分ならチームで情報の補填や補足をして情報の共有をはかるのも一つの方法でしょう」(山口氏)

現在は病状に応じて治療の選択肢を複数提示し、患者の意見を尊重して決定することも多いが、「医師として疑問を感じる選択をした患者には、選んだ理由を尋ねてほしい」と山口氏はアドバイスする。
「以前に同じ病気をした知人の話、ネットでのあまり信憑性のない話題の影響かもしれません。そうした場合、正しい情報を知ってもらうと、より適切な選択につながることも考えられます」(山口氏)

患者とのコミュニケーションが難しい理由

さらに岐阜大学医学教育開発研究センター教授で日本医療コミュニケーション学会の学会長も務める藤崎和彦氏は、複数の要因が患者とのコミュニケーションを難しくしていると話す。
・制度的会話
医療の専門家と受け手という立場では、情報が医師から患者への一方通行になりやすく、患者はコミュニケーション不足を感じやすい。
・高い個別性
同じ病気、同じ薬の処方でも、仕事内容や家族構成などは患者によって違い、個別のアプローチが必要。そのためにプライバシーに踏み込む困難さも加わる。
・バッドニュースが避けられない
病状や治療の可能性など、患者の不安・悲しみ・怒りを招く情報も伝える必要がある。中には相手の感情を害さないよう情報をぼかして話してトラブルの元になったり、相手の気持ちに配慮せず伝えて患者が傷ついたりするケースもある。

「制度的会話の枠組みの中でも、医師が患者を詳しく知ろうとすれば、情報の一方通行は防ぎやすくなります。個別性やバッドニュースの問題も、患者の話を聞いて本人のバックグラウンドを知り、相手との共感性を高める中で改善できることも多いでしょう」(藤崎氏)

岐阜大学医学教育開発研究センター教授 藤崎和彦氏
岐阜大学医学教育開発研究センター教授 藤崎和彦氏/北海道大学医学部卒業。大阪大学大学院で医学教育学、医療行動科学、医学概論を専攻し、奈良県立医科大学を経て現職。医学部生や医師への医療コミュニケーション教育に携わる。日本医療コミュニケーション学会 学会長。

患者の言葉を受け止めて、一緒に解決策を探る

しかし、患者の話を聞くのは、希望をすべてかなえるのが目的ではないと藤崎氏は言う。
「例えば仕事が忙しくて治療を先に延ばしたいという患者に、『忙しくても命に関わることです』と頭ごなしに否定すると、人間関係がギクシャクしがちです。まず患者の状況を詳しく聞き、『そこまで力を入れてきた仕事なら最後まで担当したいですよね』と受け入れ、共感した上で、『ただ、この病気も放ってはおけません。いい方法を一緒に考えませんか』と、患者との対話で意志決定していくことが重要です」(藤崎氏)

また、こうした受け答えを適切に行うには慣れも必要で、藤崎氏は「個人の経験だけに頼らず、職場で医師役と患者役に分かれてトレーニングするなど、普段からコミュニケーション力を磨く努力をしてほしい」とアドバイスする。

SDM(シェアード・ディシジョン・メイキング)の視点が重要に

患者と医師が協働して意志決定を行う「SDM」

山口氏と藤崎氏がともに重視する「患者の話を聞き、一緒に意志決定をする」取り組みは、SDM(シェアード・ディシジョン・メイキング)と呼ばれる。一方通行の説明と同意確認になりがちな日本的ICを見直し、患者に治療選択の理由を聞き、医師も検査の目的や検査結果の意味を明らかにするなど、意志決定に至るプロセスまで共有するなどが特徴だ。

今後、画像診断などAIの活用範囲はさらに広がるだろう。そうした中で「医学的知識を持ちながら、患者の話を受け入れて共感し、適切な意志決定を促す交通整理役が医師に求められるのではないか」と藤崎氏。コミュニケーション力を磨くことは、医師が医療現場で生き残る強力な武器となる可能性も秘めている。

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