すっきり分かる「プライマリ・ケア」の役割

  • 記事公開日:
    2023年09月08日

「プライマリ・ケア(Primary care)」は、「身近で何でも相談にのってくれる総合的な医療」であり、内容は地域医療のゲートキーパーから看取りの担い手まで多岐にわたる。一方で、「総合診療医」、「新・家庭医療専門医」、日本医師会の「かかりつけ医機能」との関連や、地方と都市部での違いなど、分かりにくい部分も多い。勤務医がセカンドキャリアで選ぶことを念頭に、今後のプライマリ・ケアに必要な力を専門家に聞いた。

総合力という専門性で高度化するプライマリ・ケア

コモンディジーズの8割に対応できる包括的診療能力が必要

訪れた患者を分け隔てなく診る「町医者」的な機能をベースにしながら、現代のプライマリ・ケアに必要な力は高度化している。そう語るのは室蘭市(北海道)のクリニックでプライマリ・ケアに従事し、日本プライマリ・ケア連合学会理事長を務める草場鉄周氏だ。

「プライマリ・ケアを担う医師には、コモンディジーズの8割程度を的確に診断・治療できる包括的な診療能力が必要です。病歴や検査をもとに病気を絞り込む鑑別診断の力が弱いと、診断できない病気を他の医療機関に紹介する割合が多くなります。それにより二次医療・三次医療の専門医の負担を増やすようなら、地域医療のゲートキーパー役は果たせません」

ただ、治療を検討する際は、患者ごとの細かなチューニングも必要と草場氏は言う。特に高齢になると病気の捉え方や治療への期待は複雑で、「手術までして治療しなくてもいい」といった考えを持つ患者も少なくない。

「患者の個性や価値観を重視しつつ、医学的に望ましい治療の選択肢とすり合わせて、一人ひとりに適した個別的ケアを提供する柔軟な対応力、コミュニケーション力もプライマリ・ケアに必要な力です」

日本プライマリ・ケア連合学会理事長 草場鉄周氏
日本プライマリ・ケア連合学会理事長 草場鉄周氏/1999年京都大学医学部卒業。在学中から総合診療、家庭医療に興味を持ち、日鋼記念病院での初期臨床研修後、後期臨床研修で北海道家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。2003年から同センターに勤務し、同センター所長などを経て、2008年に医療法人北海道家庭医療学センター理事長、本輪西ファミリークリニック院長就任。2019年から一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会理事長を務める。

プライマリ・ケアは「総合診療専門医」の専門性と重なる

こうした医療の実践には、循環器や消化器といった専門分野を持つ医師が開業後の経験から学ぶ以外に、当初から包括的診療能力や個別的ケア能力を備えた「プライマリ・ケアを専門とする医師」が一次医療に当たるのが理想と草場氏は強調する。

プライマリ・ケアの専門性は、患者の心身の健康、家族関係、就労・経済状況などを多角的に診て総合的に診療する「総合診療専門医」の専門性とほぼ重なる。さらに「総合診療専門医」を基盤とする「新・家庭医療専門医」は、より高い国際標準のレベルでプライマリ・ケアを実践する力につながるが、どちらの専門医も若手医師を対象とする。勤務医として活躍する中堅医師には過剰な部分が多く、草場氏は「すでに一定の専門性を有する中堅医師には『総合医育成プログラム』といった既卒者向けのプログラムの方が適しています」と勧める。なお同プログラムについては後述する。

一方、日本医師会の「かかりつけ医機能」について草場氏は以下のように見ている。「どの専門領域の医師でも目指すべき主治医機能を指す言葉で、現時点では診療内容の幅広さなどの規定がなく、プライマリ・ケアとは異なる、日本独自の概念と捉えています」

コモンディジーズの診療の大半を担い、必要な場合に適切な医療機関に紹介するプライマリ・ケアの充実は、自らの得意分野に力を集約したい二次医療・三次医療の専門医にとっても非常に重要といえる。

「開業医だけでなく、病院の総合診療部門も患者を最初に診て鑑別診断するという意味では、プライマリ・ケアの担い手といえます。開業医の場合は在宅診療までカバーして、1人の患者を最期まで診る長期スパンの診療が重要になり、病院では院内や他の病院の専門医と密接に連携する力がより必要とされるでしょう」

医療・介護・福祉をつなぎ地域医療のハブに

地域の中で診療する開業医によるプライマリ・ケアには、包括的診療能力、個別的ケア能力に加え、医療・介護・福祉をつなぐハブとなる連携性も求められる。草場氏は「日本のほとんどの地域で高齢化や独居化が進み、プライマリ・ケアに期待される範囲も拡大している」と指摘する。

「独居の高齢者、老老介護も増える中、患者の暮らしが不安定なままでは、いくら適切な薬を処方しても治療の効果やQOLの向上は望めません。ケアマネジャー、看護師、リハビリテーションのセラピスト、薬剤師といった多職種と連携し、患者の生活をトータルに支援することが必要になります。また、利用できる福祉サービス、医療保険と介護保険の使い分けなど、プライマリ・ケアには介護・福祉の知識も欠かせません」

医療機関内で完結させる医療から、地域で暮らす患者に寄りそう医療へ。「病院では気づきにくいのですが、地域に出ると医師の役割が大きく変わりつつあると実感できるはずです」と、草場氏はプライマリ・ケアの広がりに期待する。

都市部、地方都市、へき地で異なるプライマリ・ケア

プライマリ・ケアの中でも、地方都市やへき地でのケースは比較的イメージしやすい。循環器や消化器など分野別の専門医療機関が少ない地方都市では、プライマリ・ケアを担う医師がそれらをカバーし、へき地の有床診療所は外来、入院、在宅、救急医療までカバーする、より包括的な診療が必要となる。加えて草場氏は、都市部でも周辺の医療資源に応じた質の高いプライマリ・ケアが求められると言う。

「さまざまな専門医療機関が点在する都市部では、患者が複数の医療機関や診療科を受診することも多くなります。そうした隙間で見落とされがちな健康問題のケアや複数の診療科をつなぐケアをプライマリ・ケアは提供できますし、専門の医療機関をどう受診するかのアドバイスもできるなど、患者のメリットも大きいと考えています」

プライマリ・ケアをセカンドキャリアにするために

現在持つ専門領域以外の分野を底上げする

勤務医がプライマリ・ケアに必要な力を養う手段の一つが、「総合医育成プログラム」だ。主催は日本プライマリ・ケア連合学会と全日本病院協会で、すでに習得した専門領域以外の分野を底上げし、プライマリ・ケアに必要な力をまんべんなく身につけるのが目的。

「診療実践コース」では臨床推論や各診療科の基礎、代表的な疾患などについて学び、どの分野でも確定診断できる力を養う。「ノンテクニカルスキルコース」では、性格タイプ別コミュニケーション、コーチングなどにより、患者や多職種とのコミュニケーション、チームによる業務遂行能力をレベルアップさせる。

「修了まで2、3年かかるプログラムで、かなり手応えのある内容となっています。修了者の感想には『自分の進みたい方向が見えてきた』などもありますから、プライマリ・ケアにこれから携わることを考えている方はぜひ検討してほしいですね」

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