地方都市で求められるプライマリ・ケアのリアル

  • 記事公開日:
    2023年11月10日

患者を包括的に診る医療の担い手は、人口減少と高齢化が急速に進む多くの地方都市で、地域医療の質の維持に欠かせない存在だ。それも「複数の医師によるチーム制が望ましい」と話すのは、大学卒業後すぐにプライマリ・ケアの道に進んだ草場鉄周氏だ。現在の地方都市で求められるプライマリ・ケアのあり方を、自身が診療する地域を例に語ってもらった。

医療・介護の多職種チームで実践するプライマリ・ケア

人口半減でも医療の圏域内自給率は高い室蘭市

患者を包括的に診るプライマリ・ケアも、都市部、地方都市、へき地といった地域特性により、カバーすべき範囲は異なる(前記事『すっきり分かる「プライマリ・ケア」の役割』参照)。

草場氏の拠点、本輪西ファミリークリニックがある室蘭市(北海道)でのプライマリ・ケアは、医療機関が点在する地方都市での一例といえ、以下の特徴がある。

・室蘭市の人口はピーク時の16万人超から約50年で7万6623人へと半減。高齢化率は38.4%(2023年8月末時点)。
・市内の3つの病院を中心に急性期医療が提供され、医療の圏域内自給率は高いが、在宅医療を行う医療機関は少数
・本輪西ファミリークリニックでは、複数の疾患がある患者の総合的な診療、地域に不足する在宅医療に力を入れ、専門の診療科は受診しづらいと感じる子どものメンタルヘルス問題も受け入れる
・特に在宅医療では「西いぶり在宅ケア連絡会」などを通して、関係する医療職、介護職のネットワークを構築している

「地域の医療資源を生かして、内視鏡検査などの精密検査は病院や専門のクリニックに任せ、当院は患者の健康問題全体への対処にフォーカスしています。例えば、高血圧を抑える薬を出してもあまり効果がない場合なども、すぐに薬の量を増やすのではなく、本人の認知機能は問題ないか、そもそもきちんと服薬しているかなど、生活背景も含めて検討することを心がけています」

患者が以前に薬で気分が悪くなったことがあり、投与された量を自己判断で半分に減らして飲んでいる、といったケースも少なくない。患者の過去のエピソードから、そうした飲み方の癖などを探り当てて対応する、コンテクスチュアルな診療姿勢がプライマリ・ケアには重要だという。

「血圧が140以上なら薬を出すという判断は、AIでも可能かもしれません。しかし、プライマリ・ケアでは患者の話を聞き、生活背景も含むコンテクストをもとに判断し、ネットワークを構築している地域の医療・介護資源を有機的に活用するなど、多数の要因が絡む複雑系への対処が求められます。そこはまだ系統的な訓練を積んだ専門家としての医師に優位性がある分野だと思います」

医療法人北海道家庭医療学センター理事長 草場鉄周氏
医療法人北海道家庭医療学センター理事長 草場鉄周氏/1999年京都大学医学部卒業。在学中から総合診療、家庭医療に興味を持ち、日鋼記念病院での初期臨床研修後、後期臨床研修で北海道家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。2003年から同センターに勤務し、同センター所長などを経て、2008年から現職。本輪西ファミリークリニック院長兼務(2018年まで)。2019年から一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会理事長も務める。

地域の医療職・介護職で事例検討なども行う

また、在宅医療では地域のネットワークづくりも必要なため、「西いぶり在宅ケア連絡会」には、医師、看護師、薬剤師、リハビリテーションスタッフ、ケアマネジャー、ソーシャルワーカー、介護・福祉の行政担当者など多職種が参加。年数回の定例会では、在宅医療の患者の事例検討を行うほか、薬物治療の最新情報なども提供される。

「多職種連携といっても『医師と話すのはハードルが高い』と感じる方がいるのも確か。連絡会で顔見知りになると互いに話しやすくなり、地域での情報共有がよりスムーズになる効果もあると思います」

このほか、室蘭市と周辺地区では、病院、診療所、歯科診療所、薬局、介護事業所などが参加する「スワンネット北海道」を行政が運営し、患者・利用者情報を共有している。「現在は施設ごとに登録された情報に濃淡があるため、これだけに頼るのは難しいのですが、情報がもっと整理されると使いやすくなるでしょう」。

複数の医師や多職種による情報共有がカギに

同院は医師5名、看護師6名のほか、医療助手、医療事務、事務長、ソーシャルワーカー、訪問診療のドライバーという構成(2023年8月時点)。患者の担当医は基本的に固定せず、情報を共有しながらチームで診る体制で、「学会への出席や長期休暇の取得も容易になり、医師のQOLの向上に役立っている」と草場氏は言う。

「チームで診るとチェック機能が働き、見落としや手順の誤りに早く気づけるなど、より適切な医療が提供できるのは大きなメリット。それに、他の医師に診断・治療を見られる緊張感は、自分をブラッシュアップさせる後押しになってくれます」

患者の情報共有をスムーズにするため、同院の電子カルテはプライマリ・ケア国際分類(ICPC)をもとにコーディング。血圧、糖尿病、片頭痛など患者の健康問題ごとに診療行為が記述されるため、他の医師はもちろん、他の職種が見ても分かりやすくなるという。

「加えて、当院では朝と昼のカンファレンスで患者の情報を共有しています。朝は夜間の状況の申し送り、昼は患者の診断と治療方針のミーティングです。患者や家族の治療方針に対する戸惑いなどに看護師が気づいたときも、どう応えていくかを多職種でディスカッションして実践できます。これからのプライマリ・ケアや在宅医療は、医療の質を担保し、人材を確保するためにも、こうしたチーム制が望ましいと考えています」

病院はもっとプライマリ・ケアに期待してほしい

プライマリ・ケアを担う医師として、草場氏は紹介先となる急性期病院に対し、「紹介後の患者に対する治療や回復の過程などの情報を随時提供してもらえると、こちらも勉強になり、また安心もできる」と言う。

さらに、「今のプライマリ・ケア、特に在宅医療にできることを知ってもらえれば、急性期病院から任せられる患者も増えるのではないか」とアドバイスする。

「急性期病院からリハビリテーションを行う病院へ、そこから自宅へという流れが一般的ですが、在宅でも管理栄養士による栄養指導、通所・訪問のリハビリテーションはできますし、人工呼吸器のような医療機器の利用も十分可能です。入院が続くと患者の認知機能や身体機能が低下しやすくなるため、病状がある程度安定したら自宅に戻すという選択肢を積極的に検討してもらえればと思います」

人口減少と高齢化が続く地域で医療を続けていくには、病院と協力してプライマリ・ケアが担う範囲を拡大することが必要になるだろう。

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