医療DXによる垂直統合が担う山間部医療

  • 記事公開日:
    2024年02月09日

基幹病院がへき地に医師を派遣し、人材不足を補おうとする取り組みは各地で行われている。その中でもJA長野厚生連佐久総合病院(長野県)は、医療DXによる情報共有などで負担軽減を図りながら、複数の若手医師が山間部の医療を数年間担当するローテーションを設けている。山あいの小海町にある同院小海分院で院長を務め、「地域と時代に即した医療支援のあり方を求めて試行錯誤している」と語る由井和也氏に、山間部で医療を続けていくためのポイントを聞いた。

1945年から続く山間部の医療支援の“今”

参加しやすい約3年のローテーション派遣

一般的に山間部は集落同士が離れ、公共交通機関も不十分で医療機関へのアクセスが困難な地域が多いとされる。長野県東部の佐久地域も、新幹線や高速道路が整備された中心部の佐久市がある一方、地域南部の南佐久郡では医療資源に乏しい山間部に町村が広がっている。

佐久市に拠点を置くJA長野厚生連佐久総合病院では、そうした地域への医療支援として、1945年から山あいの農村地域への出張診療を開始し、現在は南佐久郡南部1町4村において、自施設の病院・診療所に加え、4つの国保診療所に医師を派遣している。

■南佐久郡南部1町4村の病院・診療所

<佐久総合病院グループ施設>

小海町/小海分院(小海赤十字病院より2003年に移管)、小海診療所

<医師派遣している国保診療所>

北相木村/北相木村へき地診療所

南相木村/南相木村国保直営診療所

南牧村/南牧村出張診療所、野辺山診療所

川上村/国保川上村診療所

小海分院院長の由井和也氏は「医師派遣では、“ひとり診療所”で患者に24時間365日対応するといった個人の頑張りに頼らない体制づくりが重要」と指摘する。

「佐久総合病院グループでは、農村地域の診療所への若手医師派遣を3年ほどで区切り、その後は佐久市の本院に戻って別の医師と交代するローテーション形式をとっています。負担が偏らないため参加しやすく、若いうちから小海分院の外来・病棟、各診療所の外来・在宅、本院の外来を担当することで、多様な経験を積むことができ、診断能力の向上につながります」

一次医療を担う1町4村の診療所の医師は、診療所ではできない検査や入院治療が必要と判断すれば小海分院に患者を紹介する。小海分院では主に二次医療を行い、より高度で専門的な治療が必要な場合に佐久医療センターや本院とも連携して患者を治療。また、ポストアキュート(急性期後の入院受入)としても機能するなど、グループ組織内で一次医療から三次医療まで完結できる体制となっている。

※佐久総合病院グループには長野県東部の基幹病院として高度急性期・救急医療を担う佐久医療センターと、慢性期医療を担う佐久総合病院(本院)がある

佐久総合病院小海分院院長 由井和也氏
佐久総合病院小海分院院長 由井和也氏/1992年秋田大学医学部卒業後、研修医として佐久総合病院に入職。2003年小海診療所所長。小海赤十字病院から移管された小海分院で2008年から診療部長を務め、2012年国保川上村診療所所長、2019年小海分院副院長兼診療部長を経て、2022年4月から小海分院院長に就任。

一次から三次まで医療をシームレスにつなぐ

こうした地域連携とあわせて、情報共有ツールも活用したシームレスな医療提供体制があることも特徴だ。本院、佐久医療センター、小海分院、小海診療所は同じグループ組織のため、同一の電子カルテによる情報共有が可能。また、4村の診療所とは地域医療連携ネットワークサービスを通じて患者情報を共有できる(サービス利用に同意した患者が対象)。

「例えば在宅ケアの患者さんが夜間に当院を救急受診しても、連携ネットワークサービスで情報を参照できるため、診療所の医師が時間外に診療情報提供書を作る必要はありません。逆に診療所の医師は、病院に紹介した患者がどのような治療を受けたかフィードバックを得ることも可能で、そうした知識は今後さまざまな場面で診療に役立つはずです。小海分院で入院診療を担当している医師が診療所の在宅診療も担当しているので、在宅と入院における担当医師の継続性が維持されるシステムで、これは患者・家族の安心とともに医師のやりがいにもつながります」

さらに、専用の業務用携帯電話で同院グループの200人あまりの医師に直接連絡でき、緊急の患者に対する自分の見立てが適切かどうかを専門の医師に迅速に相談できるなど、診療所にいながら厚いサポートが受けられる安心感もある。ローテーションを通じてグループ内に人脈が広がり、診療所派遣中も本院で診療したり、会議などで佐久医療センターの医師と顔を合わせたりと、各部署と対面でコミュニケーションする機会が多いことも医療連携を後押しする。

「佐久総合病院と聞くと、農村医療に尽力した若月俊一医師をイメージする方も多いと思います。現在の当院グループは若月先生の精神を受け継ぎつつ、前述したローテーションを軸に、医療DXも推進しながら地域包括ケアネットワークにおいて一次医療から三次医療までシームレスに垂直統合する仕組みを整え、山間部での持続可能な医療について試行錯誤を続けているのです」

地域の特性に合わせた持続可能な医療を検討

垂直統合やチーム制も医療の継続性を高めるヒントに

こうした垂直統合がうまく機能しているのは、佐久地域の特性も関係していると由井氏は分析する。

「1町4村には2軒の開業医を除いて当院グループと派遣先の診療所しか医療機関がないため、そこから患者を紹介して二次医療、三次医療までを当院グループが担当することがほとんどです。そのため、そうした選択肢の狭さが逆に垂直統合のうえで有利に働いているともいえると思います。各町村は福祉・介護事業者も少なく、対応する機関や担当者が固定化されやすいため、お互いに顔の見える関係が築きやすいこともポイントでしょう」

また、山間部の医療に関心のある医療者や若手の研修医・専攻医を確保することも、こうした垂直統合の維持には重要だ。同院グループでは、比較的地域に定着しやすいとされる総合診療医、キャリア早期で地域医療を経験したり地域医療に関わる教育プログラムを受けたりした人材に着目している。病院実習に来る医学生や看護学生、初期臨床研修医や専攻医に対しても、山間部の現場を通じた実習・研修を積極的に提供しているという。

では南佐久郡での取り組みは、今後高齢者の急増が見込まれる都市部での地域医療にも適用できるのだろうか。由井氏は「“地域医療”という言葉は多義的で人や場所によって意味が異なるため注意が必要」と前置きして続ける。

「南佐久郡と都市部とで“地域医療”といっても、医療機関の数のことから始まり、そこにある医療上の課題や環境は全く異なります。患者や家族が多様な医療機関、介護事業者から選んで利用できる都市部では、南佐久地域のやり方をそのまま実践することは難しいと考えます。例えば細かなメッシュ(網目)状に地域でエリアを分け、そのエリアごとに一次医療から三次医療までの分担を明確化し、同時に介護事業者も含めた情報共有や人材交流を促進する仕組みを作れば、当院グループが行うような垂直統合が機能する可能性はあると思います」

最後に持続可能な医療の実現に必要なポイントを由井氏に聞いた。

「都市部でも地方でも、20年や30年と長く地域のために診療を続けた医師が、高齢や病気などで診療所の閉鎖を余儀なくされるケースは少なくありません。1人の医師がずっと診ることはケアの継続性の観点ではメリットも非常に大きいのですが、一方でその分、それが止まってしまうと地域への影響も大きくなってしまいます。各地の医療を複数の医師によるチームで取り組むことで、そうしたリスクを軽減し、より持続性の高い医療を実現できると考えています。“ひとり診療所”で数年間所長を務めることにより若手医師が目覚ましい成長を遂げることもありますが、現在の複数医師チーム体制も負担や経験をシェアすることでお互いに切磋琢磨し、より柔軟な対応力が身に付くなど、多くの効果が期待できます」

かつては一人ひとりの医師の“頑張り”に頼った時代もあったが、現代の令和では「無理せず続けられる」仕組みによる医療の質と安全、持続性の担保が必要となっている。

この記事を読んだ方におすすめ
幅広く求人を検討したい方
非公開求人を紹介してもらう
転職全般 お悩みの方
ご相談は無料転職のプロに相談してみる

あわせて読みたい記事

2018年に保険適用となり、新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に注目されたオンライン診療。専門家に今後のオンライン診療への期待について聞く。 塩出純二氏に話を聞いた。

「医療AIが当たり前」となっていく時代。医師はAIをどう使いこなせばよいのか。AI画像診断支援を早期から導入してきた医師に聞く。