患者とのコミュニケーション深化のポイント

  • 記事公開日:
    2023年12月26日

ある程度の診療経験を積んでいても、患者とのコミュニケーションに苦手意識を持つ医師は少なくない。しかも患者と話す時間は限られ、治療の高度化・専門化、起き得るリスクの詳細な説明など、コミュニケーションを難しくする要因は増える一方だ。そうした中でも、患者とのコミュニケーションを深化させるには、どんな点に注意すればよいのだろうか。医師と患者とのコミュニケーション上の課題に詳しい専門家に聞いた。

患者とのコミュニケーションが難しい時代

医師の会話を録音したい患者の気持ちとは

一般的に医師と患者とのコミュニケーションでは、医療の専門家である医師から患者への情報の一方通行になりやすく、患者は「専門用語ばかりでよく分からない」「自分の話を聞いてもらえない」などの不満を感じやすいとされる。医療が高度化し、ゲノム医療のように一般的な言葉に置き換えた説明が難しい治療も多い。しかも患者と話す時間は限られる中で、説明をもとに治療法の選択など相手の意思決定を求める場面も増えるなど、患者とのコミュニケーションを難しくする要因は多くなっている。

認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長の山口育子氏は、「医師との会話を録音したいという患者がいるのも、その場で一度聞くだけでは内容が理解できず、持ち帰って何度も聞き直したい、説明の場に同席できなかった家族にも聞いてほしいといった気持ちがベースにあるから」と指摘する。
「録音と言われると抵抗を感じる医師は多いと思いますが、患者のそうした気持ちを前提に説明のやり方を再検討することは必要でしょう」

口頭での説明後に資料を渡すだけでなく、画像や動画などを使った資料を事前に提供し、病気と治療法の一般的な知識について患者や家族に見てもらうことなども考えられるという。病院や部署全体の協力も必要になるが、患者とのコミュニケーションの重要性を考えると、そうする価値のある取り組みといえないだろうか。

認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 山口育子氏
認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 山口育子氏/大阪教育大学卒業。自身もがんの治療を受ける中で医療現場でのコミュニケーションの重要性を痛感。創設2年目のCOMLに参加し、患者からの電話相談のほかCOMLの活動全般の運営に携わる。2011年から現職。

患者が「なぜそう感じたか」の背景を考える

COMLでは創設時の1990年から患者の電話相談を受けているが、患者が不満や不安を訴える背景にはコミュニケーションギャップがあると山口氏は言う。
「どれだけ丁寧に説明したつもりでも、患者が理解していなければ、後で『そんな話は聞いていない』と感じてしまいます。そうした不満・不安を持つ患者に、以前に説明したはずのことを繰り返しても、大抵は『言い訳をしている』『言いくるめようとしている』と感じるでしょう。感情が高ぶっているときはなおさらです」

深刻なトラブルにまでこじれると対応は変わってくるが、一般的に苦情への対応は、まず相手が何に不満・不安を持っているのか、こちらのどんな態度でそう思ったか、などをしっかりと受け止めることが重要とされる。患者に「なぜ説明されていないと感じたのか」を十分に話してもらった後の方が、より適切に対応できるはずだ。ただ、本来は苦情が出ないに越したことはない。最初の説明時に理解の助けとなるようメモをとるよう勧める、どのように理解したかを本人に言語化してもらう、などコミュニケーションを深める工夫を考えることが重要だ。

今の時代に合ったコミュニケーションを

リスクを過剰に説明しがちな傾向にも注意

ほとんどの患者・家族は、医師が勧める治療をすれば一定の効果が出ると考えているだろう。しかし、多くの場合で医療は不確実性を伴い、患者ごとに結果が異なる個別性が高いものだ。患者が不満を持つのは過度な期待の裏返しの場合もあり、患者とのコミュニケーションでは、そうした医療の不確実性・個別性をまず共有する必要がある。

一方、医師側では「近年はリスクに敏感過ぎるのか、起きる確率が非常に低くても重篤化する可能性のあるリスクの説明が、特に若手の医師ではやや過剰になるように感じています。患者としてはそれが強調されたように感じ、不安に思うのではないでしょうか」と山口氏。もちろん、医療者側としては患者への説明義務があり、必要な情報はすべて提供して、患者の適切な意思決定に寄与する必要がある。ただ、その際にはリスクが生じる可能性も考慮しながら情報の交通整理をして、患者に説明することがコミュニケーションギャップを減らすことにつながるだろう。

「これは私の経験も含まれますが、患者の容体が一時的にでも改善したら、できれば一緒に喜んでほしいのです。『また悪化したらと考えると手放しで喜べない』という懸念は分かりますが、喜ぶことはタイムリーにしかできません。そうやってともに喜び、悪いときには無理に励ますより、一緒にがっかりして共感する。そうした接し方も患者と寄りそう姿の一つだと思います」

患者を見て話すことはSDMにも効果的

電子カルテが普及し、「医師がパソコン画面ばかり見て、自分(患者)を見ないで話す」という不満もよく聞かれる。話している内容は適切でも、自分と向き合っていないと感じた患者には説明がうまく伝わらず、内容にも疑問を感じるかもしれない。
「医学部で行う医療面接の練習は今も紙カルテですが、医療現場では電子カルテの入力を前提に、患者と会話するトレーニングが必要な時代なのだと思います。患者を迎えたときや話すときは相手に顔を向け、説明に必要な情報をパソコン画面に提示して患者に見てもらいながら、自分はカルテを入力する。ちょっとしたテクニックとはいえ、同じ内容でも医師が顔を見て話した方が、患者にとって納得感は高いのではないでしょうか」

現在の医療現場では、患者と医師が情報を共有し、一緒に話し合いながら意思決定をしていくSDM(シェアード・ディシジョン・メイキング)の重要性が注目され始めている。これには医師と患者との相互のやりとりが前提となり、パソコン画面を見ながらのSDMは難しいだろう。加えてAIに画像診断などは任せられたとしても、その結果を診断・治療にどう結びつけるかを患者に説明するのは、やはり医師の役割だ。患者とのコミュニケーションを深化させ、SDMを通して納得のいく治療や生き方にたどり着くことが、これからの医療が目指す方向性ではないだろうか。

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